第8話


 気がつけば村の家々の壁は赤く染まっていた。西から日が照らされているのだ。それは午前に家を出てから現在に至るまでの長時間、エリーゼに危険を及ぼし続けたと言う事を意味するのだ。ああ、俺はなんて浅はかだったのかと後悔して止まなかった。


 走り続けて、俺はようやくオッペルト館にたどり着いた。扉には鍵がかけられておらず、玄関ホールには見覚えのある黒手袋が落ちていた。上質な絹を使用したその手袋には見覚えがある。間違いなく、エリーゼのものだ。

「エリーゼ!」

 俺は喉が痛むほど叫んだ。されど、ホールには虚構に響く俺の声が、俺の心を嘲笑うかの如く、逆撫でした。

 借りている部屋に飛び込んでも、食堂にも、トイレにも、客間にも……彼女は居ない。どこにも少女はいない。俺は保護者としての自覚が足りなかったのか……


「カルマートさん!」

 不意に意識の外から声が聞こえた。そこにはヴンシュが立って居た。

「……な、何貴女が個々に?」

 心理の空間に没頭していた為に、どうやら彼女の接近に気がつかなかったようだ。もし、声の主がヴンシュでなかったならと考えると、ゾッとした。

「心配で付いて来たんですよ。カルマートさんが突然家を飛び出すものですから……」

 ヴンシュはこんな状況でも笑顔を絶やさなかった。例え苦笑いだったとしても。

「それより、どうしたのですか? 御顔をそんなにも青くしてしまって」

「エ、エリーゼがこの屋敷で待っているはずだったのですが……」

 俺は黒い絹の手袋をヴンシュに見せた。すると、ヴンシュは口元に両手を当て、

「なんと言う事でしょう! 私は急いで外のギルド隊員に声をかけて来ます」

と言うなり、慌てて屋敷を出て行った。


 俺は落ち着いて考えねばならなかった。

 まずは状況を把握しなければ……


 屋敷の周囲には公爵の雇ったギルドのクルセイダー等がいる。外からエリーゼ程の少女を抱えての逃亡は実質無理だろうし、やろうとは思わんだろう。また、玄関先と裏口付近には足跡はなかった。これは或いは外を飛んだかのどちらかになるが、後者の線は先述の通り薄いだろう。それに、怪しいのはエリーゼに呪いをかけたと言う女だ。彼女はここに少なくとも一度は訪れているのだ。彼女の犯行の可能性が高かった。

 ではどこに隠れているか、だ。ヒントを得る為に俺は公爵の自室を漁る事にした。


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 私、ヴンシュがオッペルト館に再度入るとカルマートさんが


「今からこの家を徹底的に調べるのですが、面倒ごとになると困るので証人になってください」


と言うので、私は彼に付いていく事にした。呼び出したクルセイダー等は公爵との契約上、屋敷に入る事が出来ないらしかったので、私しか証人にはなれなかったらしい。

 でも、妙な約束事を公爵は結ばれたのね……


 カルマートさんいわく、最も調べなければならないのは公爵の自室だと言う。そうして、御方は一切のためらいなくドアを蹴破り、引き出しを漁り始めた。

 私も何かせねばと思い、ただなんとなくクローゼットを開けた。


……


 少しの間があった。私は瞬時に視覚から得た情報を適切に処理出来なかったのだ。

 ようやく私は飛び上がった。

 そう、目前にあるのは死体なのだ。見覚えのある長い髪とメタボ気質な体を見ればそれは公爵なのだと分かった。

 私は嗚咽が抑えられず、その場で吐き出してしまった。


「ヴンシュさん、お気を確かに! とにかく落ち着いて下さい。一旦、私が公爵に借りている寝室にお入りなさい」


 カルマートさんは私の背中をさすって、水の入ったボトルを渡してくれた。


「あ……ありがとう……うっ……ございます」


上手くお礼さえ言えなかった。

 私は勧められるまま寝室に向かった。その間にカルマートさんは持っていた警笛を鳴らし、警察を呼んでくれていた。

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