第5話
オッペルト公爵に連れられて、屋敷から徒歩二十分程の森に来た。そこには石造りの廃城がたたずんでいた。
城内に入ると、そこは酷いものだった。内装は中世ヨーロッパの城を連想させられるが、放置され続けたために崩壊が進んでいた。至る所から
博物館の様な上品さはカケラもなかった。
俺とオッペルト公爵は、表の門は開かないので裏口から入った。そこには長い廊下があった。奥へ進んでいくと階段が訪れ、地下に進んだ。
地下には巨大な空間が広がっていた。恐らくは半径二十メートル程の円形のホールだったのだろうが、水没していて完全に地底湖になっていた。天井は崩壊し、上から太陽光が注いでおり、池は青く澄んでいた。魚は……流石にいないか……
「カルマートさん。対岸を見てください。あそこに見えるでしょう?」
オッペルトは何がとは言わなかったが、俺はその方角を見た。黒く縦長の何かが横たわっていた。俺はその物体に近づいた。するとやはり、それは死体だと分かった。
「公爵。これがフェイス氏の遺体ですか?」
俺は意外にも落ち着き払っている公爵に訊いた。
「はい、そうです。我が領民の歯科医が歯型を見て断定しました。遺族らも彼が着ている服は最後に着ていたそれと一致していると言っています」
「なるほど……」
死後あまり経っていないように思えた。死後硬直は起こっていたが、白骨化はおろか、まだ肌の変色さえも起きていない。公爵曰く、発見は三日前だったが、夜中はここは凍結するので状態が良かったらしい。
身につけている衣服は上質なものの様に思われた。コートのポケットを漁ると、手帳と財布が入っていた。財布の現金には手がつけられた形跡は認められなかった。しかし、奇妙な事に身分証が一枚たりともなかった。
更に奇妙なのは手帳だった。
『メタリカの憲法
十条三〜六、夜闇の女王、三十二条五〜三』
と走り書かれた表紙裏は、見る者に不快感を与えた。恐らくメタリカの憲法を知る者に宛てた暗号だろうが、俺に解読は出来なかった。『夜闇の女王』というのも気になった。恐らくは何かの比喩だろうが……
「カルマートさん。この後どうしましょう?」
「この事は警察には伝えてあるのですか?」
「はい。しかし最近の良からぬ噂故、警察よりギルドの様な
フレアの警察は優秀だと聞いていたが、そんなに優れていなかったみたいだな……
「私はこの後この廃城を散策します。公爵は一度電報を打ってください、警察に。早く来させるべきです。それから正午過ぎに発見者のイユさんを貴方の邸宅の談話室に待機させて置いてください」
「え、ええ、分かりました。では、ここで別れましょう」
こうして公爵は俺を置いて城を出て行った。
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ガウスさんがいないので、私は暇をしていた。この屋敷はファンド公爵しか住んでいないと言っていたから、今は私一人だけ。
なら、少しぐらい冒険してみようかな……
私は自室を出て、ホールに出た。それから一階に降りたのだが、談話室から声が聞こえたので、私は息を潜ませた。言語はフレア語でもメタリカ語でもなかった。恐らくはゴブリンやオークが使うゴバリン語だと思われた。到底私には理解出来ない言語だ。
しばらくして、突然靴音が近づいてきた。
不味い……何処かに隠れなきゃ!
私はホールの壺の後ろに隠れる事にした。出て来たのは二人。一人は女性で前髪がなかった。ガウスさんが以前言っていたちょんまげに似ている。もう一人は驚いた事に、私に呪いをかけた張本人のラフィンだった。
泥棒? いやでも、どうしてラフィンが?
「おやおや、迎えに行こうと思っていたのに、そっちから来ましたね」
ラフィンの部下が言った。どうして見つかったのかは分からなかったが、逃げても仕方なさそうだった。私は壺から飛び出して、そいつ目掛けて
「『アンシュシュラフン』!」
と魔法をかけた。術が成功し、彼女は眠りに落ちた。
「あらまぁ。こやつはカマをかけただけだったのに……そちらから来てくれるなんて!」
部下が倒れたのに、ラフィンはそう感嘆するだけだった。
「私は貴女にずっと聞きたかった事があります」
私はラフィンと対峙した。そして何とか怯えを抑え込んだ。
「頑張るのね。それで、何かしら?」
痩せ我慢は見え見えらしい。彼女の余裕ある笑顔は私を恐怖に陥れるに充分すぎた。
「貴女はどうして私に奇妙な呪いをかけたのですか? あの日どうして手紙を持って来たのが貴女だったのですか?」
私は彼女に心の内を読まれたことで、つい一度に訊いてしまった。
「質問が多いわ。私はメタリカ語が苦手なのよ……。『アノウム』!」
ラフィンは突然、腰元から杖を出し、私に向けて術を放った。それは一瞬の出来事で、私には到底反応出来なかった。
地に伏し、意識が遠のく中でラフィンの声だけが嫌になる程よく聞こえた。
「メタリカ語は苦手なの。だから、一度にたくさんの事を言われても聞き取れないわ」
最後に彼女のしたり顔が目に付いた。
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城の中を漁った俺だが、特筆した物は僅かだった。
まず一階の食堂。そこには絵画が多く積み上げられていた。それらは不思議な事に全てオッペルトの名が入っていた。
次は天守閣の様な建物の中。二、三年程前にその場に置かれたものらしい日記が落ちていた。書かれている言語は全て知らないものだったので伝えられないが、ここ二、三年まではここに住んでいた者がいたという事になる。
極め付けは何と言っても食料庫だった。中には大勢の人骨が入っていた。暴れた形跡があった事から閉じ込められていたらしい。死後経過はかなりのものらしく、恐らくは魔王軍がここを使っていた頃位のものだろう。
廃城を出て、オッペルト館に帰る道中で、俺は一人のフレア人に会った。彼女は俺を見るなり、凄まじい形相を浮かべ、俺の元にゆっくりと近づいて来た。
「貴方はここの人間ではないですね」
彼女の言葉には強い警戒心が出ていた。
フレア語だったが、俺は旅行の書を持っていたので、片言だが話す事ができた。
「はい、そうですが……どうしてでしょう?」
言葉を返すと彼女は警戒を解いた、と思うと、言葉でまくしたてた。
「ここには恐ろしい魔物がいます。これは本当です。先月には私の近所の家族の父親が無惨な姿で発見されたし、私も夜中恐ろしい姿の黒い何かが歩いているのを見ました。隣には夜闇の女王がいました。もう、おしまいです。早くかえ……」
「ちょっと待ってください。その夜闇の女王ってのはどんな奴なんですか?」
「うーん……ここで話すのは躊躇われます。私の家が近いので、そこで良ければ……」
「ええ、構いません。是非ともお教え下さい」
「では、案内しますね」
名前も知らない彼女に連れられて、俺は木立の道を進んだ。不思議と彼女に警戒心は働かなかった。
嫌な予感がする。俺は何かを見落としているのではないか……
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