第6話

 奇妙な女に連れられた家はごく普通の家だった。メル地方は文明化されていないので、まだ異世界っぽさこそ感じられたが。

 家に入り、彼女は俺にお茶を出すと


「カルマートさん。私が誰か分かりませんか?」


と、メタリカ語で尋ねてきた。


「さあ、分かりかねます……」


 俺は友人は少ない方だ。けれども、知り合いの名前をすぐさま忘れる程に淡白ではないと自覚している。

 ならば……


「失礼ながら、その姿は変装ですか?」

「はい、その通り!」


 彼女がパンッ! と手を叩くと彼女の周りが眩く輝いた。次第にその光は弱まっていき、段々とその姿が見えて来た。


「あ、貴女は……」

「はい、お久しぶりでございます。ガウス カルマート先生。ジョコーソ館での一件では大変ご迷惑をおかけしました」


 その長い金髪と鋭い耳は相変わらずで、その柔和な笑みは素敵だった。俺はその特徴の持ち主を知っていた。


「お久しぶりですね、ヴンシュさん。どうしてこんな田舎に?」

「実は親戚のいるメル地方経由でスカイ共和国に向かっていたのですが、夜中に魔物がいたのを認めたので、親戚を守るために滞在しているのです」

「なるほど。その親戚は?」

「現在メラスクエアにいます。先日避難したばかりでして……。そうでした! ここの奇妙な連続失踪事件と連続殺人事件は本当に関わるべきでないと思います、と伝えたかったのです」


 ヴンシュは眼の色を変えて説得しにかかった。


「まあ、落ち着いて……。それよりも、貴女にいくつかお尋ねしたい事がありまして……。まず、貴女はどうして変装をし、フレア語で話しかけてきたのですか?」

「メル地方ではあまりよそ者は好まれないからです。私はエルフですから……」


 というとその親戚とは義理の関係なのだろう。まあ、例外はいくらでも思いつくので断言は出来ないが……


「なるほど。ああそれと、それからこの暗号が分かりますか。フェイスと言うフレア人が残したのですが……メタリカの憲法がわかればすぐだと思うのですが」


 俺は廃城で見つけた手帳の暗号を見せた。


「フェイスさんですか。えっと、暗号ですね、勿論ですよ。メタリカ憲法は全て暗記しているんですから! どれどれ……」


 しばらく経って、ヴンシュはあまりにも凄い顔をした。


「どうしたのですか? なんと書いてあったのですか?」

「『殺人の罪人、夜闇の女王、逃げろ』と書いてあります。メタリカの憲法は従者として暗記をしていますが、メタリカ憲法の条文と照らし合わせると、そう書いてあるのです。夜闇の女王とは、この近辺で殺戮を働く魔女です」


 と言う事は、夜闇の女王がフェイス氏を惨殺したと言うことになるな。



 俺はふと時計を見た。時刻は正午の少し前だった。


「ヴンシュさん、落ち着いて聞いてください。実はこのメモを残した人物は先日殺されました」


 俺はこのメルの地で信用ある人物を見つけた事で、ある案を考えていた。だから新聞にも伏せられている事を、こうして告発したのだが、ヴンシュには刺激が強過ぎたみたいだった。


「まあ、なんと!」


と叫ぶと、じわじわと泣き出してしまった。


「フェイスさんは私が幼かった頃から良くしていただいていましたから……グスッ……。お見苦しい所をお見せしましたね」

「いえいえ。私はこれを早急に解決しようと思っています。街を案内して下さいませんか?」

「かしこまりました。良いでしょう。しかし気をつけなくてはなりません。この街には魔物がいっぱいいるのですから!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 気がつくと私は暗闇の中に倒れていた。肌寒く、湿っていて埃っぽい。


「アドウム(灯よ)」


 術を唱えるとガウスさんがくれた杖の先が光った。すると驚く事に、足元には人骨が落ちていた。

 私は恐ろしい光景から解放されたいと思い、目の前の鉄格子を爆裂魔法で破壊した。


 暗い廊下を進んで行くと、階段が現れ、その階段を登ると石造りの城のホールような場所に出た。


「……? あ、君はエリーゼだネ?」


 そこには黒くて丸くて奇妙な魔獣がいた。魔獣は宙に浮いていて、その容姿は球体の腹に植物の根のような首が絡み付いているようだった。眼はルビーのように赤く光り、気味悪くニタニタと笑みを浮かべていた。


「悪いけど牢屋に戻っていてほしいナ……。僕は手荒な真似はしたくないんだけど」

「ごめんなさい。でも、私はガウスさんと遊びに行く約束があるので外に出たいの……」

「ガウスって誰ヨ? まぁ仕方ない。『シュライン』!」


 突然だった。奇妙な魔獣が唱えると、凄まじく叫ぶ女のはち切れそうな叫び声が脳に響いた。あまりの叫び方に精神が破壊されそうになったが、


「『リヒト』!」


と光線の魔法を唱えた。杖から光が放たれ、醜き目の前の魔獣を貫いた。すると脳内の叫び声は止み、静寂が訪れた。


「ぐぬぬぬぬ! その様な基本的な魔法で⁉︎」


 そんな静寂の中、魔獣が悲痛な叫びをあげたので、私はふと自分を取り戻した。


「ごめんなさい! 痛かったですよね? 今手当を!」


 咄嗟とっさの反撃といえど、私は自分の行った事が決して良くない事だと思い、彼の傷の手当てをしようとした。


「どうして……今、僕は君を攻撃したのネ。なのに、どうして助けようとするのネ?」


 魔獣はすっかり参ってしまい、困惑しきっている様だった。


「シュラインは発展魔法。精神系五類魔法とされていて強いものだけど、決して殺したりはしない魔法です。これでも私はエリート魔法使いなので! しかし私はそれでも生命を死に至らしめる反撃をした。許せないのは私の方……。とりあえず傷だけでも塞がないと……『ニン』」


 シルビアさんに教わった傷を塞ぐ基本医療魔法。とは言え、発展魔法五類には入る難関魔法を使った。効果は絶大で彼の腹部の傷は埋まって行った。


「ありがとネ。でも、君を見過ごす訳にはいかないんだヨ」


 魔獣はどうしたらいいか悩んでいる様だった。案外情に厚いみたいだ。


「……そうだ! なら少しゆっくりしていて下さい。少し眠らせますから」


 私がそう提案すると魔獣は一度頷き、ゆっくりと私に近づいた。そして面を下げ、私に向かって


「ありがとう」


と呟いた。低く太くおぞましい声であっても、どういうわけか、私は恐怖を感じなかった。

 私はかの魔獣の額に杖を当て、眠りの呪文を唱え、彼を確実な眠りに落とした。これでこの魔獣が任務を怠ったとはラフィンに思われまい。


 私は出口を彼から聞き出さなかったことを後悔し、そして出口を探して歩き出した。

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