第3話
家にてエリーゼが受け取っておいてくれた手紙を開くと、俺はあまりのタイミングの良さに感嘆したのだった。
「なんて書いてあったのですか?」
読まずにおいてくれたのだろう。
「……少し衝撃的な内容だが、良いか?」
「構いません」
「わかった。
『ガウス カルマート殿
我が領地で魔王軍のものと思われる城が見つかり、小生はこれを機に送ります。
小生はフレア王国メル地方を支配する公爵のファンドと申します。先日、我が領民が魔王城と思しき建造物を発見しました。彼女はイユと申しますが、彼女は不幸にもそこで死体を発見してしまいました。
死体の歯型から判明した身元は、しばらく行方不明だった我が領民のフェイスと言う男でした。
我が地方では先月のアルフヘイム連続殺人事件以来、良からぬ噂が立ち続け、住人は小生も含め、不安に苛まれています。
どうかその叡智をお貸し頂けないでしょうか。
フレア王国 メル地方 ファンド』
……だそうだ」
俺が読み上げると、エリーゼはすっかり黙り込んでしまった。
「どうしたんだ?」
「その手紙を渡しに来たのは女性で、優れた魔法使いでした。けれど、その手紙の差出人はファンドと言う公爵のようです」
「……その女の特徴は覚えているか?」
「確か名前は……です」
エリーゼは下を向いて話したので、大切な部分が聞き取れなかった。
「なんだって?」
「……です」
いや、違う。そこだけ音がないのだ。
「エリーゼ。すまないが、最後にもう一度だけ」
「かの婦人の名前は……です」
エリーゼはようやく自分の声が、その部分だけ出ていないことに気がついたらしい。目を丸くして驚いている。
「声が出せません。私、……って言おうとすると、ほら、今も! ……‼︎」
エリーゼは癇癪を起こしたように叫んだ。
「落ち着いて。きっとなにか強い呪いをかけられたのだろう」
俺はエリーゼの肩を掴み、落ち着かせようとした。
「……もう平気です」
「そ、そうか……。ところでその名前の言えない奴はどんな容姿をしていたんだ?」
「たしか黒い帽子と黒い艶のあるコートを纏っていました。異国の訛りもあったから、外国人だと思います。確かサインホテルに泊まっているとか……」
「なるほど。しかし、このご時世、メタリカを訪れる異国の人なんて山ほど居るしな……まあ、この手紙の差出人が知っているだろうから、公爵から聞こう」
「そうですね。ところでいつ行きますか?」
「今日中に家を出るのは難しいだろうから、今日は準備だけ済まして、明日の朝の汽車に乗ろうと思う」
「分かりました。では、準備をします」
と言うとエリーゼは部屋に向かい歩き出した。
「え、エリーゼも行くつもりか?」
「はい。この呪いをかけた婦人になぜそんな事をしたのか問いただしたいのです」
「分かった。では、準備を始めよう。フレア王国の春は既に暑いぞ」
俺は許可をした。否、してしまった……
「はい!」
エリーゼは健気にも、元気よく返事した。
エリーゼには死体を見せなければ良いだろう。
そんな軽い気持ちがエリーゼに悲劇をもたらすとは思わなかった。
フレア王国に行くために俺達はメタリカ国際鉄道に乗った。通称メタ鉄は時速百キロ程でる最先端の汽車である。
そんな列車の中で俺はエリーゼの車窓を眺める横顔を眺めていた。というのも、未だにかの事件は新聞に出回っておらず、暇であったからである。
「なあ、エリーゼ」
「はい?」
「俺たちってもう一年半位同居してるのに、なんでいつまでもそんなに堅苦しく話すんだ?」
こう訊かれたエリーゼは、意外そうな顔をした。
「だってガウスさんは私を養ってくれている方です。それなのに上下関係もわきまえず、平気で無礼は働けません」
「成る程……。でもな、エリーゼは子どもだ。だからもっとそれらしくやってくれる方がいいと思うんだ」
エリーゼは悩んだり唸ったりした末、
「わかりました………じゃなくて、分かった。ガウスさん!」
とニッコリ笑って言った。
こいつには仔犬らしさがあると思う。主人の気を引こうとする様は、愛らしい仔犬のように見えるのだ。けれども、その根本はきっと異なるのだろう。時折見せる嬉しそうな顔や悲しそうな顔は犬では出来ないからだ。
俺はそんなエリーゼの豊かな表情が好きなのかも知れない。
「ところでガウスさん」
「どうした?」
「皇帝陛下とは何を話されたんですか?」
話し方が戻ってる……。まあ、慣れない話し方を強要する必要もなかろう。
「魔王討伐の依頼を受けたよ。今日行くフェイス氏の遺体があったメル地方は、魔王と所縁のある場所らしいから、ついでに調べるつもりだ」
「そうですか。なら、私はその間にファンド公爵と話をしようかと思います。この呪いをかけた方について知りたいので」
「わかった」
俺がうなづくのを確認したエリーゼは、照れながら、
「それと……仕事が片付いたら、私とデートしましょう……」
と誘って来た。これには俺も驚いた。
「まあ、あ、遊びくらいなら付き合うぜ」
動揺が隠せなかった。そんな俺を見てエリーゼは笑うのだった。
……フレア王国、楽しみだ。
フレア王国のメラスクエア駅に着いた。早朝の始発に乗ったのに、もう夕方頃になっている。予定では、俺とエリーゼは駅のロータリーに停まっていた四輪馬車を捕まえ、そのままメル地方に向かう事となっていた。
駅構内を出ると、俺達を迎えたのは美しい街並みだった。道路はきちんと煉瓦で舗装され、外観を気にしてか、そこら中の植木鉢に綺麗な花が植えてあった。街灯は最新式の電球が使われ、黄色の暖かい光が街を照らしていた。
「凄いですね、ここ」
エリーゼは鞄を握りしめ、言った。
「本当だ。本当に綺麗な街だと思う」
俺は日本の遊園地を思い出し、エリーゼに共感を求めかけたが、この異世界ではそれが不可能な事だと思い出した。
日本に帰りたい。
「引っ越しません?」
エリーゼは冗談交じりに言った。それはグラーベを彷彿とさせた。
「冗談言うな。
……見ろよ、エリーゼ。あの馬車にしよう。あいつを捕まえて、メルのファンド公爵の屋敷まで向かおう」
俺は目の前の馬車を指差し言った。エリーゼもそれに賛同した。
こうして俺とエリーゼの初めてのフレア王国の旅が始まった。
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