第10話 悲劇の終焉

 冬も終わりに近づいて来た。メタリカの国花であるモーリュには、つぼみが付いていた。


「何故、あの日、先生は倉庫に犯人が居ると分かったのですか?」


シーテに帰ってからしばらくしたある日。グラーベが家にやってきた。報酬の支払いと俺の推理を聞くためだそうだ。


「この事件を解くにはまず、犯人の特徴をしっかりと把握する必要がありました」


 俺とグラーベは暖炉の前のソファに座り、始めた。


「と言うと?」

「例えば、犯人は呪術に長けていました。これは刑事もご存知の通りです。それから被害者のアレスの遺体には多くの刺し傷があるが、周囲の血痕は点々としており、波状のものがなかった。その事から犯人は致命傷を与えず、ゆっくりと殺人をするという特徴を持つ事が推測出来ます」


ここでグラーベが制止をかけた。


「ちょっと待ってくださいよ。犯人が軟弱でアレスの抵抗ゆえに、致命傷を与えられなかったとは考えられませんか?」

「いえ、それはないでしょう。犯人は殺人中に血を採集する程の余裕がある者です。現場にあった容器から推測出来ます」

「なるほど。それともう一つ質問で、血痕からどうやって犯人の悪癖が分かったのでしょうか?」


グラーベは首を傾げながら聞いた。


「そうですね……例えば、点々と広がる血の跡からは、犯人が殺しを楽しんでいた様子が見て取れます。動脈を切れば心拍に合わせて血が飛ぶので、波のような血の跡が出来るんですよ。しかし、現場にはそのような血痕はない。つまり致命傷を与えるのが目的ではない。さらに、現場に落ちていた黒い短剣は出血が止まらなくなる物です。つまり……」

「つまり?」

「犯人は一人をいたぶるのが好きなサイコキラーと断定出来るでしょう」

「なるほど……ささ、続きをどうぞ」


グラーベは興味深そうにして、こちらに身を乗り出した。


「次にアレス氏がどうやって第一ホールに誘き出されたかを考えましょう。

 ホテル内の人物は全てマルカート氏によって呪いの検出をされており、アレス氏に直接呪いをかけるのは無理です。マルカート刑事の呪術発見は素晴らしいものでした。しかし、しかしです。屋外で待機している清掃員のゴブリンの事は把握できていなかったようですね。彼には呪いがかけられていました」

「なるほど。つまり犯人はその清掃員にアレス氏をおびき出させ、対面し、殺害したと言うわけですな」

「その通りです! 従業員なら疑いを持つ事は無いでしょうしね。

 しかしながらこれだけでは犯人の断定には至りません。そこで、そのゴブリンを泳がせる事にしました。また、犯人はゴブリンに敢えて呪いをかけていました。本当に操りたいのなら、もっとふさわしい人物もいたでしょうに……。この事から犯人は警察の存在を薄々気づいていたであろう事も、分かるはずです。

 ……ここまで言えば、後はお分かりでしょう?」

「そこでマルカート刑事ですね」

「ええ。マルカート刑事の派手な振る舞いを見れば、彼女が呪いの邪魔をする者だとすぐにわかるでしょう。そうすれば、恐らく犯人は人気のない場所に彼女をおびき出し、殺害に至ると考えていました」

「なるほど、だから倉庫なのか!」

「ええ、その通りです。ただ……」

「ただ?」

「予想外な事に犯人は旧魔王軍幹部のスケルツォと言う男でして、危うく私も死にかけたんですよ。エリーゼが来てくれたので助かったのですけどね!」


俺は向こうで本を読んでいたエリーゼに目配せして言った。何だか照れているように見えた。


「それはお手柄でしたな、エリーゼ殿」


グラーベはエリーゼを労うように言った。



 グラーベに一通りの推理を披露し終えると、彼は小切手と一枚の手紙をを残して去って行った。

 その手紙によると、スケルツォは現在四百歳程まで歳を取ってしまったらしい。そのため本来なら絞首刑に処されるところ、独房にぶち込まれるだけで済むらしい。俺は同郷のスケルツォが悪だった事に失望し、これからはその異世界人も犯罪者になりうる事も考慮する必要があると反省したのである。

 こうして、アルフヘイムの一連の事件に幕が降ろされたのであった。


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 スケルツォが倒された事はすぐに夜闇の女王ラフィンに伝わった。


「イユ。それは本当か?」

「はい、間違いありません。メタリカの警察が彼を逮捕しました」

「それでは魔王は見つからないではないか!」


 ラフィンは魔王を探す魔女である。魔王の底なしの魔力を狙ってのことだった。

 彼女は部下イユにスケルツォを付けさせ、魔王を探させていた。


「ただ、ラフィン様。魔王と思しき女を発見致しました。強い魔力と亜麻色の髪、身長など全て記録の通りでした」

「その者は今、何処にいる?」

「メタリカの首都ラジアンのシーテ街のアパートに、一人の男と住んでいます」

「なるほど……わかった。もう下がって良いぞ」

「かしこまりました」


イユは一礼をし、部屋から丁寧に出て行った。

 イユが部屋から出て行くとラフィンは大声で笑い始めた。


「あーはっはっは! 妾の念願の希望が叶うぞ! 遂にだ!」


ラフィンの心の中は、諦めかけていた野望に再び包まれたのであった。

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