第9話 対決スケルツォ
舞踏会は二階のレストランと一階の第二ホールで行われる。第一ホールが使われないのは、未だに血が残されているからだ。
レストランでは食事等を、ホールでは舞踏会が催される。この時に多くの人間が一箇所に集まるので、大量殺戮を起こしたいのならそこを、確実に誰かを殺すなら誘い出して殺す事も可能である。
舞踏会が始まると俺はレストランにてヘルツを探した。彼に話したい事があったからだ。しかし彼はどこにも居なかった。
暇になったので、マルカート刑事から何か聞こうかと思ったが、彼女もどこにも居なかった。
――やはりか。
俺は倉庫に向かって歩き出した。
時刻は十九時を回っていた。
☆☆☆
倉庫の扉には鍵がかかっていなかった。
「貴方だったのですか……ヘルツさん」
「おや、これはこれはリーベさん」
倉庫にはゴブリンとヘルツ、横たわるマルカート刑事の姿があった。
「動かないでください。私は既に警察を呼んであります。無駄な事は止して大人しくして下さい」
俺はコートに忍ばせておいた拳銃を取り出し、彼に向けた。
「僕にとって、異世界における科学技術の進歩は予想外の展開だった。けれども、根本は同じだった……」
手錠を取り出し、彼に歩みを進めると彼は話し出した。
「無駄なお喋りは嫌いだぜ、ヘルツさん」
俺は無意味な会話に耳を傾けるつもりはなかった。
「無駄なお喋りとは失礼だね。聞いておくれよ、友よ。
芸術の本質は悲劇に始まる。ピカソが『ゲルニカ』を描けたのはナチスが街を一つ焼き払ったからだったし、ショパンが『革命』を作曲できたのはポーランドで紛争があったからだ。賛美歌だってキリストの犠牲の元で成り立っている。本当に美しい物とは奪われて初めて知覚する。君も同じ異世界人なら、分かるだろう?
僕はただ人を殺す愚者ではない。僕はその後の世界の変化を楽しみにしているのさ」
ヘルツはにっこりと笑って言った。その笑顔は気味が悪く、思わず身震いした。
「違う。それらは不幸を受け、それに反発して生まれたものだ。芸術は本来悲劇が生むものではなく、何かを望む事で出来るのだ!」
「君は何も分かっていない」
手錠を掛けようと近づく俺に、彼は突然手を振り上げたかと思うと、突然黒い短剣が現れ、そのまま俺を切りつけた。
「どうだい? 血の止まらぬ呪いだ。動脈を切らずとも殺せるのだよ」
俺は反射的に彼から距離を取り、徹甲弾を撃ち込んだ。右肩、右大腿部、左大腿部。
三箇所を撃たれた彼は短剣を落とし、膝をついた。
「……君は本当に何も分かっていない」
ヘルツは自信げな表情をするや否や、大きな声で唸り出した。
「何をするつもりだ」
なんという事だろう。彼の身体は大きく膨れ上がり、全身は黒く光沢のある毛に覆われ、巨人のようになったのだ。その身長は低くても二メートルはあった。
ジョコーソ家の一件もあったので徹甲弾を持ってきたが、通用するか不安になった。
「ドウダイ、美シイダロウ。コノ肉体ハ魔王アリア様トノ契約デ成立スル。魔王様ハ僕ヲマダ見捨テテハオラレナイノダ!」
彼は叫ぶや否や、俺に猛烈な突進を喰らわした。吹っ飛んだ俺は壁に打ち付けられ、へばり込んだ。
「冥土ノ土産二僕ノ本当ノ名前ヲオ教シエシヨウ。僕ハ魔王軍幹部ノスケルツォ。君ヲコレカラ殺メル者ノ名前ダ」
「魔王軍幹部は皆死んだはずだ! あり得ない!」
「本当ニ何モ分カッテイナインダネ」
ニチャァと笑いながら、彼はゆっくりと俺に近づいて来る。
右奥には気を失ったマルカート刑事。左奥にはゴブリンが術者からの指示を待って、ただ茫然と立っている。
彼を止めるべく徹甲弾を再度撃ち込んでみたものの、黒い毛がそれらを弾いた。
不味いな、徹甲弾が効かない……
もうダメかと思った刹那、倉庫の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。
皆が注目する先にはエリーゼが立っていた。彼女の表情は極めて落ち着いてはいたが、身体が怒りを堪えるように小刻みに震えていた。左手に握られた杖は光輝いている。
「『アドウム・ロウマップ』!」
エリーゼが古代ルーン語でそう唱えると、杖から光が放たれ、スケルツォの右腕を吹き飛ばした。
「バ、馬鹿ナァアア! 僕ノ完璧ナ腕ガ、タッタ一撃デ⁉︎ アア、アリア様。コレガ貴女ノ望ンダ事ナノデショウカ⁉︎ 僕ハ貴女ニ血ヲ捧ゲ続ケタノニ!」
あまりに突然の事で、俺は状況を処理しきれずにいた。
「『エレジー』!」
エリーゼは、どうやら自作の魔法らしき物を唱えると、スケルツォの周りに四つほどの魔法陣が現れた。すると、抵抗することも出来ずに、彼の肉体はみるみる萎れていき、どんどん老いていった。
「ま、魔王様ぁぁあ!」
スケルツォはエリーゼを見つめ、はち切れんばかりに叫んだ。
「エリーゼ! 止めるんだ! 人を殺してはならない!」
このままエリーゼを人殺しにはさせまいと叫んだ。しかし、いくら俺が叫んでも、彼女は魔法を続けた。
俺はエリーゼに近づいて抱き寄せた。
「止めるんだ。もういいから」
なるべく優しく、包み込むようにと意識した。彼女がまだ幼いのだという事を思い出したからである。
「ガ、ガウスさん……分かりました」
すると、エリーゼはようやく魔法を解除し、スケルツォを解放した。
ヘルツ アルフヘイムこと、スケルツォの姿は変身が解け、すっかりただのエルフの老人になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます