第8話 わずかな失敗

 事務室にて俺はマルカートとグラーベの三人で朝食を摂っていた。


「私の考えでは犯人は必ず今夜の舞踏会で行動を起こすはずです」


マルカートは言う。


「しかしですねぇ。被害者の遺留品からは特別何も見つからなかったのでしょう? マルカートさん、何か当てはあるのですか?」


グラーベは聞く。


「私は多少強引でも、捜査をするべきだと思います。帝国の名前を出せば、国民の多くは協力してくれると確信しております。そうすれば自ずと犯人は出てくるでしょう?」


マルカートは自信有り気に言った。


「マルカート刑事、焦ってはなりません。安易に警察の名を出せば、犯人は警戒し、隠れてしまうでしょう」

と俺。


「素人のあなたに何がわかるのでしょうか? 刑事とは足で稼ぐものなのですよ」


なんだか不愉快に感じた。

 いや、待てよ……これを利用出来るのでは……?


「なるほど、失礼しました。でしたら一つだけお願いがあるのですが、ガウス カルマートの名前だけは伏せておいて下さい。少し考えがあるのです」

「え、まあ、構いませんよ。私の捜査の邪魔をさえしなければね!」


 マルカートもそうなのだが、この世界では私立探偵は俺くらいしかいない。警察が一般市民である俺を低く見るのは自然な流れだ。始めてこの世界で事件を推理した時だって、警察は誰一人として俺を信じてはくれなかった。だからこう言うのにはなれていた。



 その日からマルカート刑事の動きは露骨に現れた。部屋から部屋へ、ありとあらゆる客と触れ合い、ホテル中を歩き回っていた。

 俺は今朝の現場を調べまわったのち、休憩のためにホテルを出た。


「疲れた……日本に帰って音楽を奏でたい」

「日本とはどんな所なのですか?」


 外で世界樹を眺めながら呟くと、ネウマ氏が声をかけてきた。横には青味のかかった黒髪のボブヘアーの女性を連れていた。


「も、妄言です。お、俺……失礼、私の理想とする国を想像して楽しんでいるだけですよ。ところでそちらの女性は?」


 焦り過ぎて何度か噛んだが、用意していた言い訳が言えたので良しとしよう。


「ああ。我がアルフヘイム中央ホテル楽団の見習いのゾフィーです」


 ゾフィーと呼ばれた女の目は深く青色で澄んでいて、美しかった。推定年齢は二十代前半と言ったくらいか。


「ゾフィー シルノアと申します。プラチカ王国から来ました」


 プラチカ王国とはまさに勇者の国である。産業革命最中の現代において、未だにギルドだとか商会だとかあるらしい。一度は訪れてみたい土地だ。ちなみに、俗に言う始まりの街というのもこの街にあるらしい。


「初めまして、私はガウス カルマート。私立探偵を営んでいます。貴女は何を演奏されるのでしょうか?」

「バイオリンと言う、新しい楽器を演奏しています。でもでも、まだお客様の前で演奏するという程のものにはなっていないのですが……」

「では、どうしてここにおいでで?」

「ピアノですよ。最近メタリカの帝国魔術大学で流行っているピアノ、ご存知ですよね?」


 ゾフィーの話し方は明るく、お淑やかだった。


「ええ、まあ」

「ここ数年で急激に普及しつつあるピアノを私は二年程学んでいるのです。これからシーテに向かって同僚から新しい知恵を得るつもりです。今日はその友人に会うためにここに来ました。」

「なるほど……誰から教わるのですか?」


少し心当たりがあったの尋ねてみた。


「エル アマービレと言うハーフエルフの同僚からです」


 聞き慣れた名前が出てきた。

 俺の唯一の友人だ。

 やはりか……


「世界は小さいものですね。エルは私の友人です。私もピアノを弾けるので、よろしければご一緒させて頂きたいですね」

「良いですね。私もそうしたいです」


 俺たちが話し込んでいると横から執事の格好をしたゴブリンが出てきた。


「失礼いたします。荷物が大きいのでお気をつけ下さい」


 肩に担がれた大きな麻袋の中にはきっとゴミが詰まっているのだろう。俺たちに気遣ってくれたらしい。彼はそういうと、倉庫の方に向かって行った。と言うことは彼は清掃員か……


「ところでネウマさん」

「はい」

「あの清掃員は普段何処で待機されるのでしょう」

「ああ。あの方は普段はホテル内のお客様のお部屋以外を清掃をされています。それ以外の時は別室で過ごされていますが……」


ネウマの表情に暗雲がかかった。


「差別ゆえでしょうか?」

「そうですね。やはりゴブリンと接触するのを拒む方もまだ多いですからね」

「嫌な世界ですね」

「さてさて、続きなのですが、いつまでこのホテルに滞在するおつもりですか? 私は明日を含めて、シーテに三日程しか滞在できませんので……」


 ゾフィーは重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばそうとしてか、明るく切り出した。


「そうですね……私は長くて二日程でしょう!」


 力強く答えた理由は、何となくだが、全容が見えた気がしたためである。


「「はて、なぜ推量系なのでしょう……」」


ゾフィーとグリュックは首を傾げて見つめ合った。


☆☆☆


 自室に戻り、くつろいでいるとグラーベから内線電話がかかってきた。


「どうされましたか?」

「大変です。エリーゼちゃんがこのホテルに来ています。今夜の舞踏会に出席されるそうで……」

「何ですって⁉︎ ここに来るように伝えてください」


 ……これがいま、エリーゼとエル、ゾフィーがこの部屋に来るまでの、短い経緯だ。実際もこのくらい短かった。


「どうしてエリーゼがここに来た?」

「ごめんなさいガウス。私が何も知らないで連れて来ちゃったの」


エルは申し訳なさそうにして言った。


「分かった。エルはいいよ。

 エリーゼはこのホテルが今面倒事に巻き込まれているのを知っていただろう?」

「ご、ごめんなさい……少しの間だけなら大丈夫だと思ったので……」


エリーゼはきちんと反省しているらしい。


「はあ……で、ゾフィーさん。どうして貴女までここにおいでで?」

「エルを今夜誘ったのは私です。何も知らなかったのですが、それでも責任は私にあるかと……」

「なるほど……分かりました。さて、エリーゼは今夜の舞踏会には参加しないでくれ」


こう言うと、エリーゼと、そして何故かエルも悲しそうな顔をした。

 やめろ、マジで……良心が痛む……


「わ、分かった。今回だけは許す。けれど、絶対に一人にはならないでくれ。お願いだ」

「ありがとうございます、ガウスさん!」


エリーゼはにっこりして言った。

 どうやら俺は相当甘くなってしまったらしい……

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