第7話 ホテルの悲劇
自室に戻って、俺は警察が集めた資料に目を通し始めた。
『現状の報告
現在、被害者は一人で、ドワーフのカナヅチ氏。
彼にかけられた呪術は『深夜徘徊』『殺人衝動』の二つであった。犯人はカナヅチ氏に夜中の殺人を行わせようとしていたと推測でき、この事から私達は犯人(術者)の目的がホテル内に殺人事件を起こすことにあると断定した。
また、カナヅチ氏のポケットから魔王の短剣が見つかり、犯人は魔王関係者だとも自明である。
明後日(12/12)には二階レストランで式典が催される。ここで恐らく犯人は何らかのアクションを起こすと私達は踏んでいる。
一方で、客に警察が紛れている事がバレれば、間違いなく、犯人は逃走を図るだろう。
メタリカ帝国警察呪術発見課 マルカート』
この書類を読むに、警察は全く犯人を掴めていないらしかった。俺は早速明日から行動を起こす必要があると考えた。
そのはずだったのだが……
レストランにて、俺が朝食を楽しんでいるところにグラーベが飛び込んで来ると、
「先生! 急用です。とにかく、事務室に来て下さい!」
と、俺を事務室に引っ張っていった。
やってきた事務室には、マルカートが頭を抱えて俯いていた。
「何があったのですか?」
「殺人が遂に起きてしまったのです……」
蛇のような目には鋭さがなくなっていた。
「どうして……私はここに来たのよ……」
第一印象が強気な女性というものだったので、こんなにも弱々しい彼女を見ているのはなんだか忍びなかった。
「ところで隣にいらっしゃるご客人は?」
俺は彼女の隣に立っていた男に目がついた。
彼はタキシードを着こなし……思い出した! 彼は先日、ここのオーケストラの指揮をしていた人だ。
「彼はグリュック ネウマ。セレナーデ人です」
俺の隣に立っていたグラーベが答えた。
「初めまして。私はグリュック ネウマです。私もここのホテルの従業員のような立場ですから、お客様には本当に申し訳ないと感じております」
彼は、言葉遣い、声色、姿勢、容姿、服装から察するに五十から六十歳程の人間。オーケストラの指揮を執る程だから、元々この異世界においての音楽的な才能や経験があるのだろう。
「どうも初めまして。私はガウス カルマートと申します。私立探偵を務めております」
俺は彼と握手をし、それぞれの名刺を交換した。いつも通りである。
「私は明日の催しの為に練習の準備をしようと一階第一ホールに向かいました。今朝の七時頃でした。そこには血まみれのお客様が倒れていたのです。その後は直ちにフロントに向かい、こうして事務室に連れて来られたのです」
とネウマは言う。本人は隠しているようだが、表情筋の強張る様から、内心はかなりダメージを受けているようだった。
「それは大変でしたね。ところでマルカート刑事。現場の状況等をお教え下さい」
「え、あ……ええ。分かりました。被害者はアレス アルフヘイム。死因は出血多量によるものと推測でき、凶器は、カナヅチ氏も持っていた黒い短剣です。それは現場に落ちていました」
マルカートは取り乱していたが、それでもきっちりと説明をしてくれた。
「呪いは? 呪いをかけられて、殺人をさせられているもう一人の被害者は見つかっていますか?」
奴のやり方は呪いを使って他人に犯罪を犯させる。自分の手を汚さないやり方だ。
「それがですね……いないのです。全く、どこにも……」
マルカートは自嘲するように言い放った。
「すると、犯人は自らの手で殺人を働いた、と……」
「そうなりますな」
とグラーベの相槌。
「とにかく、一度現場に案内して下さい。そこで色々と情報を集めましょう」
☆☆☆
一階第一ホールは音楽堂の様な場所ではなく、パーティ会場の様な場所となっていた。隅には、使われていないテーブルが重ねて置いてあった。
そんな中で明らかに『場違い』が床に伏していた。最近機関車の中で話した彼だ。
彼の顔は恐怖にゆがんだ形相を浮かべ、その目からはとっくに光が失われていた。
「アレス アルフヘイム……。私は彼にジョコーソ館の時に助けてもらいました。まさか、こんな形で再開するとは」
俺は知人の呆気ない死に、ただただ茫然とした。
「先生! しっかりして下さい」
「……ハッ! 申し訳ございませんでした。少し取り乱していました。さて、早速調査を始めましょう」
俺はこのホール内を隈なくチェックし始めた。
まずはアレスの返り血で出来た壁のシミを見た。アレスの身体にはいくつもの刺し傷が残されており、また、壁には点々と赤色のシミが出来ていた。
続いて、犯人の残したと思われる物品を探す。
床に落ちていたのは黒い短剣。それから……バイオリンで使う松脂。それから試験管の様な瓶がいくつも落ちていた。
次にアリバイ等を調べた。
多くの客人はレストランで朝食をとっていたため、犯人はレストランの従業員の可能性も出てきた。また、目撃者はいなかった。
ここで浮かび上がる謎は、『なぜアレスがこの使われていない第一ホールにいたのか』だ。
マルカート曰く、毎日レストランで客人からの呪術の発見を行なっているし、怪しい客には常に警察が付いているらしい。アレスに魔法をかけてここに誘導したとは考えにくい。
はあ……全く分からない……
「リーベさん。どうしたのですか? 具合が悪そうだ」
ヘルツは心配そうにしてこちらの顔を覗き込んで来た。レストランにて、俺は新しい友人ヘルツとランチをしていたのである。
「いえ、少し仕事の事を考えていましてね」
「おやおや、それはいけないですね。折角の芸術に、水を差してしまいます」
ヘルツはレストランのオーケストラを指して言った。
「そうですね。……ところでヘルツさん。貴方はもしかして異世界人ではありませんか?」
俺は気になっていた事を尋ねた。
「……流石です……ええ、その通りです。僕は現世では金内と言う中学生でした。どうして、お分かりに?」
「実は私も異世界から来たのですが、ピアノの文化はまだ魔法学校でしか流行っていないのです。また、ピアノを広めているのはアルフヘイムを嫌うエルフです。エルフである貴方が知るはずも無いのです。また、先日、貴方はローストビーフを平然と食していました。これは明らかに不自然です。そう、貴方はエルフですから」
「お見事です。素晴らしいですね」
ヘルツは何故か喜ぶ様にして言った。
「実は、ただ一つ謎が残りまして……」
「それは?」
ヘルツは大変興味深そうに尋ねて来た。
「貴方がどうして人間ではないかという謎です。もしや転生時にミスが起きたのでしょうか?」
「ふふふ……そうではないのです。僕が美しいエルフに生まれ変わる様に頼んだのですよ」
「なるほど……どうりで分からなかったわけだ」
俺は呟いた。
「さて、折角ですから音楽について語らいませんか?」
「良いですね。是非とも」
俺は仕事のストレス発散の為に彼と語らう事にした。勿論、お酒は飲まなかった。
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