第3話 呪術


 時はジョコーソ館一日目の晩餐会である。

 俺とエリーゼは隣り合って座り、向かいにシルビアが座っている。食事はアルフヘイムの特産物をヴンシュの調理と紹介で頂くこととなった。

 挨拶が済んでやっと食事が始まろうとした時、ドルチェが苦しそうに肩を抑え始めた。


「ドルチェさん。具合が悪いのですか?」

「え、ええ。そうなのです。ここ最近は頭が痛くて……」


 頭? 肩を押さえているのに?


「でしたら、私が寝室まで彼女を運んで行きます」


シルビアの横に立っていたヴンシュは言った。

 彼女たちが食堂を出て行くと、ようやく晩餐は始められた。


「最近のドルチェさんはいつもあんな感じなのですか?」


俺はシルビアに尋ねた。


「はい、そうなのです。一週間に二度ほどの周期で彼女はああして場を空けるのです」

「心配ですね」


エリーゼは本当に心配そうにして言った。


「ご心配なく。ヴンシュは優秀な魔法使いであります。この近所では彼女とシルビア様が医療魔法を使えるのですよ。二人のヒーラーがいるのですからご心配には及びません」


とシリウスは言った。

 医療魔法。端的に言えば回復魔法だ。ゲームなら序盤で使える魔法であるが、この異世界では違う。医学を学び、魔法を極めた者のみが使えるとされている。


「凄いですね。二人もヒーラがいるなんて……」


エリーゼは呟くようにして言った。それを聞いたシルビアは照れる様にして


「ありがとうございます。よければ、エリーゼさんに明日、少しだけお教えしますよ?」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 エリーゼの嬉しそうに紅くなった顔を見て、俺も魔法を学ぼうかな、と考えてしまった。


☆☆☆


 晩餐会を終えた俺はドルチェの体調について聞こうと、厨房にて食器の片付けをしているヴンシュに声をかけた。


「こんばんは、カルマートさん。どうされましたか?」


彼女はこちらに気がつくとニコニコとして言った。


「こんばんは、ヴンシュさん。ドルチェさんの体調が気になったので、聞かせていただこうかと」

「ヴィレならもう寝ましたよ。頭が痛いらしくて」


 肩を抑えていたのに? と聞きかけたが、やめておいた。こちらが疑っているように思われ、警戒されるのを防ぐためだ。


「そうですか。ところで私がここにいるのは何故だか分かりますか?」

「魔犬ですよね? 白くて大きな」


ヴンシュは笑ってそう言ったが、なぜそんな事を聞くのかと困惑している様子だった。


「ええ、その通りです。シルビアさんから依頼されて来たのですが、何か知っている事があれば是非聞かせていただこうかと思いましてね」

「残念ながら、私は魔犬については全く知らないのです。力になれなさそうです」


ヴンシュはきっぱりと断った。


「左様ですか。ならば、結構です。ありがとうございました」


☆☆☆


 翌朝。俺はエリーゼをシルビアに任せ、西アルフヘイムを歩き回る事にした。

 俺はまず、最初の被害者が出たという小さな集落に来た。そこにはメタリカの軍服を着た男らがいた。その中に知り合いであるアラルガンド少尉の姿を見つけたので声をかけた。


「お勤めご苦労様です。ところで何故帝国の軍隊がこんなところにいるのですか?」

「これはこれは、カルマート殿。久しぶりですな。ええ、私は皇帝からの命で魔犬の討伐に来ているのですよ」


アラルガンドは腰にぶら下げた剣を大きく揺らして、これでやるんだと仕草した。


「ほほう。けれども、こんな平和そのものの町に魔犬が潜んでいるのですか?」


いくら犠牲者が出た集落だからといえ、ここに奴がいるとは考えにくかった。


「ここの集落のマリーというエルフが魔犬に呪われたと言ったので来ただけです。ですから情聴取だけで、討伐隊の本隊は森の中にいますよ」

「そうなのですか。ところで、今すぐマリーなる人物にお会いできますか?」

「勿論です。現在マリーさんは軍の装甲車の中に待機させています。そこまでご案内しましょう」


 マリーは三百歳位の老婆のエルフだった。狭い装甲車の中で話すのは身体に良くないと思い、近くのレストランに行くことにした。


「本当にご馳走になっても良いの?」


マリーは嬉しそうに言った。


「ええ、構いません。魔犬を追う為には情報が必要です。その情報代だと思ってください」


俺はなるべく笑顔を意識して言った。


「あら、若いのにできるのね。では、このアルフヘイムの特産の野菜スープを頼むわ。貴方もいかが?」

「美味しそうですね。私も同じものを頼みます」


 それからマリーは近くにいた店員に声をかけ、注文をした。


「早速ですがマリーさん。呪いについて詳しくお聞かせくださいませんか」

「ええ、良いわ。私の家なのよ、呪われているのは。かの魔犬が出て来てからというもの、私の家には何か嫌な空気がしてね。肩が重くなるし、魔法は使いにくくなるしで……最悪なのよ」

「左様ですか……」



☆☆☆


 昼食を終えた俺とマリーはアラルガンドらと再会し、マリーの家に向かった。

 マリーの家は小さな木造二階建ての家だった。


「何もないけれど、どうぞ上がって」


マリーは俺たちを歓迎してくれた。


「予想していたよりはこの家はマシな感じですな、カルマート殿」


アラルガンドはヘラヘラして言った。失礼な男だ。


「さてと、魔法石を細かく砕いたものを用意するように部下に伝えて下さい。早速呪いを見つけましょう」

「へ? あ、はい分かりました」


マリー宅に上がるなり切り出したので、アラルガンドは少し驚いたらしかった。

 アラルガンドは早速、外にいた部下に何かを伝え、戻ってきた。


「カルマート殿。どうしてそんなものを用意するのですか?」

「撒くんですよ、辺り一面に」

「ええ? どうしてですか?」


 二年ほど異世界で探偵をやって来た俺は、呪いの相談も多く受けて来た。俺からしてみれば当たり前の事なのだが、アラルガンドには理解できなかったらしい。


「呪いとは長期に渡って効果を発動する魔法であるのはご存知の通りかと思います。従って術者の魔力で起動するのではなく、周囲の魔力を集めて起動するのです。ちなみに、呪われた人間が疲れたように感じるのもこれが原因だとされています。知らないうちに魔力を奪われるんですからね。

 ささ、魔石を撒いて、早く色あせた物の近くに呪いの原因があるのですよ」


 当たり前のことを言ったつもりだったが、この言葉で周囲は驚いていた。マリーなんかは『あんたさんは優秀な魔導士になるべきだ』だなんて言う程だった。


☆☆☆


「クソガキのイタズラでしたか……」


装甲車の中で揺られながら、俺は言った。


「全くの無駄足でしたな」


アラルガンドはからかうように言った。


「意地が悪いですよ、少尉。いやあ、しかし。呪いの正体が、子供が面白半分でかけたものだったなんて……俺は悲しいです」


無駄な時間を過ごした事が、俺にはただただ悲しかった。


「まあまあ、無害なものだったのですし、不問にすると言っていたではないですか」


 術式が見つかればあとは簡単であった。術式は軍隊にかかればすぐに無効化出来たし、十歳ほどの子供が自分がイタズラで呪った家に軍人が集まっていたのを見て、自分がやったのだと謝りに来たのだ。


「そうですがねぇ……ハァ……無駄足……」

「そう気を落とさないで下さいよ。そうだ。この装甲車の中なら周囲に人がいないので言えるのですが、ここからちょっと先の草原に魔犬の足跡を見つけたのですよ」


とアラルガンドは声を抑えて言った。


「それは本当ですか? 詳しく聞かせてください」


俺は気持ちが晴れるのを感じた。


「大したものでなかったのですが、大きな犬の足跡がその草原まで続いていたのを見つけたのですよ。しかし、犬の足跡は草原から出ていませんでした」

「つまり、奴は草原に入ったきりだったのですか? 奴はそこにいたのですか?」

「落ち着いて下さい、カルマート殿。我々もそう思い、草をかき分けて捜しましたよ。奴はそこにいませんでしたけれどね」


誰かを皮肉るようにアラルガンドは言った。


「と言うことは空を飛ぶのですかね?」


 俺は一から情報を集め直さなくてはとおもった。


「そうかもしれませんね。ただ、近くには一人分の人間の足跡がありました。草原から出て行くやつをです。奴は変身するのではないでしょうか」


アラルガンドは得意げにして言った。


「素晴らしい! 鋼鉄帝国メタリカの軍隊がここまで素晴らしいとは」


俺はおもわず叫んでいた。

 人から魔獣へ、魔獣から人への変身。そんなものを聞いた事はなかったが、それでも可能性の一つに入れねばならないと思った。

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