第2話 ジョコーソの歓迎


 シーテ駅には先日のシリウスと、もう一人見知らぬ人物がいた。


「おはようございます、シリウスさん。チケットはもう買いましたね。ところで、隣の方はどちら様です?」

「申し遅れておりました。彼は四日前に世界樹の森の中で件の獣を見たという者です」

「ご同行されていたのですか。初めてまして、私はガウス カルマートです。お会いできて光栄です」

「こちらこそ、お会いできて嬉しく思います。僕はアレス アルフヘイムと申します」


と言うと、アレスは俺に右手を差し出したので、俺はその手を握った。

 アレスと名乗った男はさわやかな顔つきと細身の体をしたエルフの男だった。


「ところで、そちらは?」


 アレスは俺の後ろに隠れていたエリーゼに気がつくとそう尋ねて来た。


「は、はじめまして……エリーゼ、です……」


エリーゼは俺の背中に隠れるようにしていった。十六ほどの彼女には大人の男性と会話するのが怖いのだろう。


「はじめましてエリーゼちゃん」


そんなエリーゼの姿を見てもなお、アレスは爽やかな笑顔で答えた。優しいのだな、と思った。



 汽車に乗った。俺とエリーゼは隣りあい、向かいにシリウスとアレスが座っている。

 動き出した汽車の中で、エリーゼはずっと窓の外を見ていた。


「アレスさん。先日の詳しい経緯をお聞かせ下さい」


 汽車の速さが安定し始めた頃に切り出した。


「はい。僕がかの魔獣を見たのは四日前の夜中でした。僕の家の薪が切れてしまい、森へ調達しに出かけた時でした。

 僕が薪を集め終え家路に着くと、遠くを走る白くて大きな二つ頭の犬が見えたのです。片方の頭は項垂れていて、もう片方の頭は凶暴な人相をしていました。あれに近づくだけで力が吸われる感覚に襲われました。僕は危険だと思い、急いで逃げ帰りました」

「成る程。ところで、お一つお聞きしたい事が」と俺。

「どうぞ」

「私の読んだ新聞では、その魔獣に襲われた人物は皆死亡し、生存者はゼロだと記載されていました。失礼ですが、アレスさんはどうして生き延びているのですか?」

「私は生まれつき夜闇に目が効くのです。エルフには二つの種族、カラクウェンディ(光のエルフ)とモリクウェンディ(闇のエルフ)がいるのはご存知ですね? 私はモリクウェンディの子孫なので暗闇に強いんです。だから、向こうが気付く前にその場を離れる事ができたのです」

「ありがとうございました」


☆☆☆


 意識が朦朧とする中、肩が揺すられた。


「起きて、ガウスさん」


 エリーゼの声だ。

 俺はハッとして目が覚めた。どうやら今朝早起きしたために、眠っていたらしい。それは二人の依頼人も同じらしく、寝息を立てていた。


「どうした、エリーゼ」

「外。とっても綺麗」


 そう言ったエリーゼの示す車窓からは緑がたくさん見えた。二十メートルにもなるであろう大樹が生い茂り、その下には草花が咲いている。所々、集落も見え、この森の生の営みを垣間見た気がした。


「アルフヘイムってこんなに綺麗な場所だったんだ……」


 二人が寝たから警戒心が解けたのだろう。強張っていたエリーゼの表情は、氷が溶けたかのように和らいでいる。見ていて何だか幸せな気分になった。

 そういえば、エリーゼと初めて出会ったのはアルフヘイムの東部の草原だったな……


「アルフヘイムは元々はメタリカの領土ではなかったのですよね?」


エリーゼは問う。


「あ、ああ。その通りだよ。俺がこのメタリカに来たのが六年前だったが、その頃にはまだメタリカからアルフヘイムまでの鉄道は走っていなかった」

「そうなんですか。でも、戦争があった訳ではないのですよね?」

「こんなにも大きな木が生い茂っているんだ。きっと野蛮な火は無かったはずだよ」

「良かった……」


エリーゼは胸を撫で下ろした。


「おやおや、お嬢さんはそんな顔をするのですか」


 どうやらシリウスを起こしてしまったらしい。


「申し訳ありません。もしかして私とエリーゼの声が大き過ぎましたか?」

「いいや。そんな事はありませんでしたよ。まだアレスが寝ているのが証拠です。

 それより、お嬢さんのその顔が見られて私は幸せな気分になりましたよ。歳をとった私は若い子の笑顔を見るのが好きでしてね」


シリウスは優しい笑顔で言った。


「おじさんは……良い人ですね」


エリーゼは恥ずかしがって言った。


「オホホホ。お褒めに預かり光栄の極み」

「ところでシリウスさん。エンプと言うのが家名ですよね」


気になることがあったので聞こうと思った。


「ええ、左様でございます」


シリウスは予想通りの回答をした。


「やはりそうでしたか。凄いですね。何年くらい修行をされたのですか?」

「ガウスさん。あの……どう言う事なの?」


エリーゼはきょとんとして割り込んで来た。


「ここは私、シリウスからお話ししましょう。

 エンプと言うのはスカイ語で『使い』という意味です。エンプの名前を貰うにはスカイ共和国の中央大学で召使い学科を選択して、卒業しなくてはならないのです。それに必要とする年数は十五年程と言われております」

「それは凄いんですね。私の魔法学校も院まで行って十年ですし……」

「いえいえ、大した事はありませんよ」

「いやいや、凄いですよ。スカイ共和国中央大学召使い学科は進級試験が難しいと有名です。エンプの名前を貰うにはさぞかしご苦労をされたと察します」

「ここまで褒められては、いやはや……嬉しいですな。おや、そろそろ到着しますな。荷物を棚から降ろしておいて下さい。アレスさん。起きて下さい」


 シリウスはアレスの肩を揺すった。アレスは飛び起き、そして寝てしまっていた事を詫びたのだった。


☆☆☆


 中央駅を出ると多くの建物が並んでおり、遠くにはこの世の物とは思えない、大樹がそびえているのが見えた。

――世界樹だ。

 それは山のように高いので、構造が他の大樹とは根本的に違うのであろう事は容易に想像出来た。まあ、帝国の学者は世界樹に触る事を許可されていないので、実態は定かではないのだが……

 ロータリーでは馬車が一台停まっていた。それはシリウスが用意したものだった。俺たちがそれに乗った際に、アレスとはそこで別れた。

 駅の付近は舗装されていたが、森に入るとすぐに凸凹砂利道になった。車窓から見える大樹と大樹の間にはいくつもの木製の橋が架けられ、その上にエルフが何人もいた。近代異世界は人口も多いらしい。

 しばらくすると今度は暗い森に入った。間引きのされていない荒れた森だった。シリウス曰く、アレスはここで件の魔獣を見たらしい。その森は確かに、悲劇の舞台に似合っていた。不気味で薄暗く、どこか陰気な感じがした。

 その森を抜けると、ジョコーソ館が見えてきた。屋敷はレンガ作りであり、屋根は綺麗な茶色であった。三階建ての屋敷は空から見てコの字になっており、西側から東側、東側から西側がよく見える形になっていた。



「さて、着きました。お二人の部屋は既に用意してあります」


 シリウスの案内された部屋にはベッドと隣にあるランプ。それから机しかなく、二つある窓の一つからは向こう側の部屋、もう一つの窓からは俺たちが来た道が見えた。

 エリーゼには俺の隣の部屋が用意されていた。こちらもベッドとランプと机は同じなのだが、窓は一つしかなく、机の上に本が数冊と結晶の埋め込まれたほうきが置かれていた。シリウス曰く、『本はジョコーソお嬢様の医療魔法の本。ほうきは私達からのお嬢さんへのプレゼント』だそうだ。エリーゼは飛び跳ねて喜んでいた。

 ひと段落ついて、俺とエリーゼは早速晩餐のために食堂へと向かった。食堂にはシリウスと女性のメイド、エルフのメイドが立って待っており、テーブルには銀髪の女がついて待っていた。

 銀髪の彼女は俺とエリーゼが入って来るのに気がつくと立ち上がり、話し始めた。


「お待ちしておりました。わたくしはジョコーソ家八代目当主のシルビア ジョコーソと申します。どうぞ、よろしくお願いします」


 シルビアはドレスの裾を軽く持ち上げ、お辞儀をした。隣からは「綺麗……」という感嘆が聞こえたが、それは俺も同じだった。

 シルビアのセミロングの銀髪は実に見事なまでのものであり、その容姿は美しかった。まだ若いであろう彼女のマナーは立派なものであり、貴族足らしめる器量を感じさせられた。


「私はメタリカシーテ街から来ました、ガウス カルマートと申します。それから、こちらは……」

「私はそのガウスの助手のエリーゼです。こちらこそよろしくお願いします!」


 エリーゼは強がるように胸を張り、それからお辞儀をした。彼女がこれ程能動的に自己紹介をするのは初めての事だったので、俺はお辞儀をする瞬間を逃してしまった。


「あら、可愛らしくも頼もしい助手さんですのね」


シルビアは笑って答えた。


「さて、屋敷の者の紹介をしなくては。すでにご承知でしょうが、彼はシリウスです。このジョコーソ家に先代の時から執事をしていただいています」

「改めまして、どうぞよろしくお願いします」


シリウスは言い終えると一礼をした。


「それから、こちらのエルフのメイドがヴンシュ アルフヘイム」

「どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さいませ」


ヴンシュは愛らしい笑顔で言い終えると、一礼した。

 その長い金髪にはどこか秘密めいた魅力を感じたが、ニコニコしているので強い警戒心は抱かなかった。


「そして、ヴンシュの隣がヴィレ ドルチェです」

「ご紹介に預かりました。ドルチェです。よろしくお願いします」


 ドルチェは黒髪のボブヘアー。童顔に反するブスっとした顔からはあまり良い印象を受けなかった。


「当館の当主からお客様に歓迎を申し上げます。ようこそおいで下さいました」


 シルビアは再度お辞儀をした。そして、また隣から感嘆が漏れるのであった。



 唐突であるが、俺はヴンシュとドルチェの二人のソレを見逃さなかった。

――手を必死に隠そうとする仕草を。

 ソレが意味するのは、二人が秘密を隠し持っているということだ。

 これから食事が始まるが、あとでまた、この二人と食事をして、その時に何か聞き出そうと思った。

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