アルフヘイムの悲劇

ジョコーソ家の秘密

第1話 ジョコーソの依頼

 エリーゼは記憶がなかった。グラーベ刑事の協力も虚しく、彼女の身元も判明しなかった。エリーゼは俺に懐いてくれたので、俺はエリーゼを家に迎える事にした。



 一ヶ月ほど経過したある日。


「ガウスさん。行ってきます」


 朝食を終えたエリーゼは学院の制服に着替え、まだ食べている俺の前に立って言った。

 彼女は教育を受けるべきだと思った俺は皇帝アルビーニやグラーベ、エルに頼み込み、エリーゼを帝国学院に入学させたのだ。学院は現世では高等学校に当たる機関だ。ちなみに学費は無料。


「おお、似合うな」


その制服は俺が二年前まで毎日見ていたのと同じだ。


「ありがとうございます。さてと、急がないと。転入生は目立っちゃうだろうから……」


 一月で彼女の不安はあまり見られなくなった。意外と太いのかも知れない。


「そうだ。まだ、魔法の杖は買っていなかったよな。この杖、エリーゼにあげるよ」


 俺はかのムカつく天使から貰った杖を取り出し、渡した。エルがこの前、この世で一番良い杖だと言っていたのを思い出した。しかし素人の彼女でも素質は一流なので、すぐに使いこなせるようになると思う。


「ありがとう。大事にしますね。いけない、急がないと」

「手袋を忘れているぞ」


それは彼女の焼け跡を隠すためにエルが用意した黒い革の手袋。


「あ、ありがとうございます。では、行ってきます!」

と言うと、彼女は慌てて家を出て行った。



 エリーゼの学業は素晴らしいものだった。彼女は勤勉であり、その才能を磨く事をいとわなかった。故に彼女は十年ぶりと言われる飛び級をして、エルと同じ帝国魔術大学に入学した。僅か一年である。

 一方で俺の探偵業は安定し始め、地域の小さな事件から国家規模の事件まで幅広く取り扱うようになっていた。また、エルがピアノを大学にも作ったので、音楽の文化が魔法使いを中心に広まった。嬉しいことである。

 そんなある日の休日の事だった。普段通り、俺はエリーゼにピアノを聞かせていた。


「この曲、凄く好きです」

「今のは俺の故郷では有名だったんだ。ノクターンって呼ばれてる。俺も好きだ」


 そんなやり取りをしている中、ノックが響いた。


「エリーゼ、お客さんだ。少し待っていておくれ」


 扉を開けるとそこには老紳士が立っていた。


「貴方がガウス カルマートさんですね」


腰の伸びた健康的な姿が印象だった。


「ええ、そうです。依頼ですか?」

「はい」

「でしたら是非どうぞ中へ」



 リビングにはピアノと食卓しかなかったが、そこに彼を座らせた。


「私はシリウス エンプと申します。貴方に依頼があって参りました。おや、彼女は?」


 彼は寝室の扉の影に隠れていたエリーゼに気がつくと尋ねてきた。


「私の同居人です」

「左様ですか。優秀な魔法使いだと察しますが、どうでしょう」

「え、ええ。自慢の……」


家族、恋人、友人……思いついた言葉はいずれも正しくないので、返しに困った。


「娘さんなのですか?」

「いえ、違います」

「では、私と同じく、依頼人で?」

「それもまた違うのです」

「では……恋人ですかな?」


 シリウスはからかうように尋ねたのだが、その言葉を聞いて向こうでエリーゼが赤くなるのを見て、俺もなんだか恥ずかしくなった。


「いえ、違います。私の助手です」

「そうでしたか」


 助手とは言ったものの、後になってそれが適切であったかが不安に感じた。


「さて、そろそろ依頼を承りたいのですが、よろしいですか?」


 いい加減にしないと話が進まないと思ったので、少し強引に話題を持って行く事にした。


「これは失礼しました。では、本題をお伝えします。ジョコーソの名をご存知ですか? え、知らないですか。では、そこからお話せねばなりません。

 ジョコーソ家は隣国の旧スカイ公国の貴族の末裔です。十五年前の革命でスカイ共和国が建国されましたが、その時に亡命した とされています。現在ではアルフヘイムの世界樹の森の中の屋敷に住んでおります」


 スカイ共和国は元々公国だった。五百年前の世界大戦の混乱時にフレア王国から独立。十五年前に魔王領へと侵攻したが失敗し、革命が起きた、と学院で習った覚えがある。


「私はそのジョコーソ家に使える執事なのですが、他にもエルフのヴンシュ アルフヘイムや人間のヴィレ ドルチェがメイドとして使えています。

 さて、依頼です。屋敷の近くの森で不審死を遂げる者が多く出てきたのです。聞くところによると、白い毛の頭が二つある大犬が犯人らしいのですが、そんな者はこの森にいません。死体には外傷はなく、死因が謎だと言うのも不思議です。是非とも私達を救って欲しいのです」


 シリウスは言う。これは長旅になりそうな案件だ。


「現在、私はエリーゼと二人で暮らしています。故に日帰り出来ないアルフヘイムに行くのはいささか心許ないのです。彼女が心配でしてね」


 俺はやんわりと断ろうとした。


「それでしたらご心配なく。私どもの屋敷には空き部屋が多くあります。自由に使えると思います。

 自体は深刻です。鋼鉄帝国メタリカの警察でさえも手を焼いている程です。どうかお助け下さい。報酬は多く出しますので」


シリウスも負けじと譲らない。


「ハァ……エリーゼ、どうする? 二、三日。多く見積もって一週間程学校を休めるか?」


 ピアノを掃除していたエリーゼに声をかけた。


「私は……大丈夫。ガウスさんの仕事の邪魔は出来ないから」


エリーゼの表情には『学校を休みたくない』と強く現れていた。

 これは……エリーゼのためにも断ろう。そう思ったのだが


「お嬢さん。私たちの家では面白い生き物を飼っていますよ。マンドラゴラやピクシー。珍しい魔道具もありますよ」


とシリウスは言った。

 知識欲旺盛なエリーゼがそんな言葉を聞いたら……


「行きます! 行きたいです」


と言うに決まってる。実際、今言った。


「では決まりですな、ガウスさん」

「ええ、そうですね。それでは明日のアルフヘイム行きの電車に乗りましょう。今晩はどこかホテルに泊まりで?」

「ええ、シーテ街のサインホテルに泊まっています」

「左様ですか。でしたら、明日の始発の鉄道に乗って、そこで再度お会いしましょう」

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