第4話 ジョコーソとの別れ

 装甲車の中の椅子は固く、アラルガンドがジョコーソ館に俺を送ってくれるまでに、すっかり腰は痛くなっていた。


「では、アラルガンドさん。今日中に奴は捕まえられるかと思います。アラルガンドさんに先程申し上げた通り、アルフヘイム中に軍を敷いておいて下さい」

「分かっていますよ。任せて下さい。では、そちらの健闘も祈ります」


アラルガンドはそう言うと、ジョコーソ館の門をくぐる俺に向かって手を振った。

 屋敷に戻ると早速、シルビアの部屋に向かった。


「失礼します。シルビアさん、相談があって参りました」

「あら、どうしたのですか? 私にできる事ならお手伝いさせていただきますよ」


 シルビアは本を読んでいた。その本を閉じてこちらを見つめてくる。


「助かります。もしかしたら魔犬の居場所が分かったかもしれないのです。しかし、そのためにはいくつかの質問をシルビアさんに答えてもらわねばなりません」

「どうぞ、なんでも聞いてください」


シルビアは笑顔で言った。


「まず一つ目はヴンシュさんの事です。彼女は呪い等の魔法にも長けていますか?」


 彼女は俺の質問に驚いたらしかった。身内の事を聞かれるとは思わなかったのだろう。けれども、彼女は進んで答えた。


「ヴンシュは魔法全般についての知識と経験を有しています。それ故にシリウスが五年ほど前に雇ったのですよ」

「なるほど。次に二つ目です。ヴィレ ドルチェさんはここ最近体調が優れず、定期的に寝込むと聞きましたが、どの位の頻度ですか?」

「えっと……ですね……大体、週に二回から三回程ですかね」


と、この質問にシルビアはすこし考えていたが、きちんと答えてくれた。

 この答えで俺の仮説は全て立証された。あとは平和的に解決をするだけだ。


「ありがとうございました。全てがわかりました。

 ところで一つお願いがあります」

「何でしょう」

「今晩の夕食の後、この屋敷の方々に食堂にお集まり願いたいのです」

「分かりました。私から屋敷の者に伝えておきますね」

「お願いします」



 俺が来てから二日目である。正確には一日と三時間程であるが、現在ジョコーソ館の食堂には俺とシルビア、シリウス、ヴンシュにドルチェがいた。今から俺は推理を披露しようと思っていた。エリーゼは部屋で眠っているはずだ。


「では、私の推理を披露しましょう。

 単刀直入に、貴方が白い魔犬ですね、ヴィレ ドルチェさん」


俺はドルチェを見つめながら言った。

 ドルチェは酷く驚いていたが、それは他の屋敷の住人も同じであった。


「ど、どう言う意味ですか? 悪い冗談はやめて下さい。不愉快です」


その問いに答えたのはドルチェではなく、ヴンシュであった。いつもにこやかだった彼女の表情は凍てつくように冷たかった。


「私が屋敷にやって来て最初に気になったのは、ドルチェさんの体調が優れていない事でした。私どもが来てから頻繁に部屋に戻るので、エリーゼの魔力に感化された呪いのせいではないかと考えました。もちろん、単に客人に疲れただけかも知れませんでしたが」

「それと魔犬とどう言う関係があるのですか⁉︎」


ヴンシュは怒鳴る様に言った。それに対して、シリウスはヴンシュに向かって『失礼だぞ、ヴンシュ アルフヘイム! お前はそれでもエンプの名を求める者か⁉︎』と怒鳴ったので、ヴンシュはそれきり大人しくなってしまった。

 少しの間が生まれ、続けて良いか悩んでいると、それを察したシルビアが


「続けて下さい」


と言った。


「一つ目の根拠は魔犬が変身するという事です。今日、私はメタリカ帝国のある人物に魔犬の足跡があったと言う場所に案内してもらいました。そこはとあるアルフヘイムにある草むらなのですが、魔犬が入ったとされる足跡が残っていました。しかし、その草むらから出て来たのは人間の足跡でした。この事は人間が魔犬に変身するという事を裏付けるでしょう」

「なるほど……しかし、それだけではヴィレが魔犬である根拠にはなり得ません」


シリウスであった。


「ええ、もちろんです。まだ根拠はあります。

 次に魔犬の正体は呪われた人間であるという可能性です。魔犬を見たというアレス アルフヘイム氏の言うには、魔犬には頭が二つあったそうです。一つは凶暴な人相、もう一つは項垂れた頭。ならどちらかの頭こそが呪いの宿主なのではないかと考えました」

「それだけで、ヴィレに行き着いたのですか?」


とヴンシュ。彼女はドルチェの斜め前に立ち、ドルチェを庇うようになっている。


「ヴンシュさん。その貴方の態度も私の疑いを買うのですよ」


 そう言うと、ヴンシュは不意を突かれたような顔をした。


「貴方はドルチェさんを部屋に送ったのち、すぐに部屋を離れています。これは不自然でした。

 さて、先程も申しましたが、ここ最近のドルチェさんの体調は優れず、週に数回程寝込んでいたそうですね。しかし、私が来た晩、ドルチェさんは突然部屋に戻って行かれました。私はこれまでの考察から、エリーゼの魔力に感化された呪いのせいではないかと思うようになったのです。呪術系統の魔法は周囲から魔力を吸収しますからね」


 ふとドルチェの方を見ると、彼女は意外にも動じていなかった。いや、恐らくは驚いているが、付いて行けていないのだろう。


「ドルチェさんが頭痛がすると言った時、肩を抑えていた事も魔犬への変身を示唆するものと言えるでしょう」


 俺がここまで言うと、ドルチェは初めて俺の目を見て、そして涙を零した。


「はい……私が魔犬です。私がここのアルフヘイムの住人を殺害した犯人です」


 涙を流すドルチェはそれでも凛としていて、落ち着き払っていた。メイドとしての誇りがあったのだろう。


「ヴィレ⁉︎ どうして……」


 ドルチェとは対照的にヴンシュは悲痛な表情を露骨に浮かべていた。


「知っていたんだよね、ヴンシュ。もう良いの、私、決意が出来たから……。貴方が私の呪いに気がついて、それを解こうとしてくれた事も、それが出来なくて、私を庇おうとしてくれた事も、私には伝わっているから……。

 カルマートさん、その通りです。全てその通りです。今になって言うのはまるで現実逃避のようですが……解けない呪いをかけられた私を殺してくれますか」


ドルチェは清々しく言った。ヴンシュはその言葉を聞いて、その場にすくんでしまった。


「私は自分が呪われた事を知っていながら、何もしなかった愚か者です。何もせずに、我が傍で人が死ぬのをただただ見ていた恥知らずです。どうか、私に罰を与えて下さい」


 俺は怯えていた。

 この異世界に来て、俺は一度も手を汚した事はなかった。命を奪うという事がこれ程、恐ろしい事だとは想像さえしなかった。


 俺が怯えてすくんでいると、突然食堂の扉が開かれた。エリーゼだった。


「⁉︎」


 エリーゼが部屋に入った途端、ドルチェは肩を抑え、震えだした。


「まずい、このままではドルチェが」


 あっという間であった。ドルチェの身体が膨れて大きくなり、首元から醜い犬の頭が出て来、全身に白い毛がおおい茂るのは。


「グルルルゥ……」


ドルチェは、否、魔犬は扉付近のエリーゼに飛びかかった。


「い、いやぁ……」


と、エリーゼの叫びにもならない怯えた声が聞こえた俺は、咄嗟に拳銃を取り出し、打ち込んだ。

 弾倉が空になる頃には、元に戻ったドルチェが床に伏していた。エリーゼは気絶してしまった。シリウスは大きく目を開いて驚いて固まっていたし、シルビアは部屋の隅に頭を抱えてうずくたっていた。ヴンシュは泣いて床に座り込んでいた。


「シルビアさん! ヴンシュさん! このままでは死んでしまいます。早く止血を!」


 外に出ると銃声を聞きつけた兵士がこちらに来る所であった。俺は一部始終を伝え、気を失っているドルチェを託し、明日のタクシーの手配を頼んだ。


☆☆☆


 翌朝。ジョコーソ館の門の前には屋敷の一同が見送りに来てくれた。


「もう、お帰りになるのですか。寂しくなりますね」

「ええ。大変良くしていただき感謝を申し上げます。ありがとうございました」


俺はお辞儀をして、カバンを持ち上げた。


「ヴィレは……この後、ドルチェさんはどうなるのでしょうか?」


ヴンシュは心配そうに聞いて来た。


「私は法律に詳しくないですが、経験からすると刑罰は下らないかと。彼女の呪いの術式を分析、解除した後に帰って来られると思います。その後は帝国警察が呪いの術者を捕らえるための捜査を開始するでしょう」

「なら、良かった……」


 ヴンシュは胸をそっと撫で下ろした。


「あの、カルマート様」


 タクシーに乗ろうとする所をシリウスに呼び止められた。


「お嬢さんには大変辛い記憶を残してしまったかもしれません。どうか私に何かさせて下さい」


 そうは……言われても……

 俺が悩んで考えていると、エリーゼが四輪馬車から飛び出して、


「ドルチェさんが元気になって、またここに帰って来たら、私を呼んで下さい! また、色んな面白い魔法を教えて下さい!」


と言った。とびきりの笑顔であった。喜びの笑顔でなく、ジョコーソ館一同への励ましの笑顔だったとしても、それは素敵であった。


「ありがとうございます、お嬢様」


シリウスはエリーゼに向かって、執事のお辞儀をして言った。


こうして、俺とエリーゼの二度目のアルフヘイムへの旅は終わったのであった。

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