転 - 1

 ザザー。一興去って、今日初めて波の音に耳を澄ませていると気づいた。それくらい佐久の意識は栞と、栞との空間に割かれていたらしい。

「次は線香花火?」

 バケツ一杯になったススキ花火の残骸を運び、佐久は栞に問うた。

「それは最後って決まってる」

「じゃあ打ち上げ花火からか」

「いや、決まってない。線香花火からやろ」

「一瞬でどういう心境の変化?」

「最後にしんみりなんて寂しすぎるでしょ」

「どっちでもいいけど」

「よくない」

「たまに変なこだわりあるよな、神田」

 佐久が薄目で突っ込むと栞はフフッと笑う。

「まぁね。もはや線香花火なんていらないかも」

「ワビサビクラッシャーにもほどがある」

「うん、ただの線香花火はやめよう」

「どうすんだよそれ……」

「……例えば、”三本の矢”って話あるでしょ?」

 唐突な話題シフトに佐久は目を細める。

「うん?」

「一本じゃすぐ落ちても、何本も束ねれば最強の線香花火になるんじゃないかって」

「まさか線香花火の評価項目に、強さがあるなんてなあ」

「力こそが正義だし。……いいからほら、やるよ」

 地面に刺したロウソクを囲って、十数本に束ねた線香花火に火をつける。

「「いっせーのーで」」

 タンパク質が焦げる音をジワリと鳴らしてから、瞬く間に大きな火の玉を形成して弾ける。たくさんの花火を凝縮した勢いあふれる火花に、佐久は現状を重ね合わせた。

 ──俺たちの夏も、まとめて燃やされているような……そんな感じだ。

 7月も半ば、これから始まるはずの夏が、一瞬のうちに使い尽くされていく。これ以上ない幸福の中で、微かな終わりに勘づいていた。

「全然、関係ない話だったら悪いんだけど」

「どしたの? 急にしんみりして」

 佐久の改まった前置きに栞は笑う。

「最近、変な手紙が来て。『死にたい』とだけ書かれた」

「とんでもない怪文書だね。で?」

 パチパチと火花がはじける。

「その手紙の主がさ、神田。お前じゃないかって思ったんだけど」

 佐久は膨れてきた蕾だけを見つめて言った。

 ──パチパチパチパチ……。

 その火球が勢いを失って、灯が落ちる時栞は口を開く。


「……そうだよ」


 栞は憔悴した様子もなく、仕込んだいたずらがバレてしまった子どものように、白い歯を見せて答えた。

「……」

「やっぱり気づいちゃうんだ」

 しなやかな黒髪を恥ずかしそうにくるくると指で巻く。

 閃いた花火はもう僅かな光さえも灯さず、ロウソクの火だけが二人を照らす。

「……あれは、マジのマジなのか?」

「マジの大マジだよ」

「冗談じゃないけど」

「うん、私の本当の気持ちだよ」

 緊張など一片も見せず栞は淡々と答えていく。少なくとも佐久にはそう見える。

 眠いから「寝たい」と言った。それくらいの軽い問題だと捉えているようだ。

「何かよくないことがあったなら、相談に……乗れるのかもしれない」

「優しいね。でも寧ろ、今が最高かも」

 栞は砂浜に小さな打ち上げ花火を差し込む。十二発入りの小さな花火だ。

「だったらどうして。その、死にたい、とか思うんだ?」

「それは──」

 チャッカマンで導線に火をつけ、栞は速足で佐久の隣へ座る。暗闇よりも暗い漆黒の瞳が遊ぶように佐久を捉えた。薄い唇の端がわずかに上がり、一発目の花火が打ちあがる。

「秘密、かなあ」

 2発目、3発目と次々に小さな花が空中で咲く。佐久が横の栞を流し見ると、もう栞は佐久ではなく、打ちあがっていくそれを恍惚に眺めている。その横顔があまりにも美しくて、佐久はこれ以上何かを言うことはできなかった。

「じゃあ、そろそろ帰ろっか。これから雨が降る予定だし」

 最後の花火が空に消えると、立ち上がって栞は言った。

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