第71話 難解な文章2

 村上春樹先生のデビュー作「風の歌を聴け」1ページ目を徹底的に読むという評論をふと思いついたのですが、最初のページどころか、1行目でいきなり躓いてしまいました。難解です。

 取りあえず引用しましょう。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」

 これが書き出しです。

 難解でしょう?

 さらりと読めてしまうけれど、難解ですよね?

 春樹先生は考えに考え抜いて、この1文を書いた筈です。

 私はどうして「文章」で、「絶望」だったのか、これがわからないのです。

「完璧な小説などといったものは存在しない。完璧な人生が存在しないようにね。」

 これなら難解ではありません。簡単です。誤解の余地もない。これはこれで良い書き出しではないでしょうか。しかし先生はこうは書かなかった。つまらないと考えたのでしょう。簡単すぎてつまらない。読者になんの引っ掛かりも与えない。

 完璧な小説や人生はあり得ない。反論はないでしょう。

 完璧な文章はあり得るのではないか、と考えてしまうのです。シンプルな文章は完璧なのではないか。あるいは、古典的な詩などは推敲のしようもないほど完璧なのではないか。

 しかしあえて「完璧な文章は存在しない」と言い切ってから、小説を書き始めた。どうしてそうなさったのか、難解で、私にはわかりません。

 完璧な絶望もあり得るのではないか。例えば、自殺に至る絶望は完璧ではないのか。あるいは、巨大隕石が地球に衝突して絶滅したときの恐竜たちは、完璧な絶望を抱いたのではないか。人間だけが絶望するという反論がもしあったら、それは傲慢なのではないかと思います。

 しかしあえて「完璧な絶望が存在しない」と書かれた。

 この偉大なる1文から村上春樹の偉業は始まりました。

 奇跡のような文章。哲学書も難解ですが、この文章も難解極まると思うのです。

 ノーベル文学賞受賞者でもデビュー作でこれほどの書き出しは書いていないのではないでしょうか。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る