第26話 ネットロア

 だいぶ以前のことだが、ホラー好きの知り合いから「ネットロア」という言葉を聞いた。ネットにおける都市伝説、怪談の類を指す用語らしい。

 以下、ネットロアについて書く。人名が出てくるが、敬称は略させていただく。すべての方に敬意を持っていることを念のために記しておく。

 知り合いからネットロアをモチーフにした「裏世界ピクニック」という宮澤伊織の小説を勧められ、読んだが、たいへん面白かった。アニメ化され、今年放送された人気作だ。

 ネットロアについてネットで調べた。中山雄斗の「ネットロアにおける現代の怪異的世界観と景観イメージ研究」という論文によると、ネットロアには明確な定義はまだないらしい。同氏は丁寧に考察した後、ネットロアを「ネット空間において生成され、伝播し、派生するインターネット由来の都市伝説」とひとまず定義する。

 ネットロアは巨大インターネット掲示板「2ちゃんねる」のスレッド「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」に数多く掲載されているらしい。これを検索すると、もはやこのスレッド自体が巨大すぎて、とうてい読み切れるものではなかった。まとめサイトがあり、特定の都市伝説ごとに分類されていたりした。「洒落怖」と略して呼ばれている。

 「トラウマ注意! マニアが本気で選んだ洒落怖の名作20選」という記事を読んだ。daimaが書き、まとめたものだ。かなりの労作で、興味がある方は読んでみるといい。ものすごく長い記事なので、抜粋してネットロアの一端を紹介する。

 同氏は数百作以上の洒落怖を読み、名作を厳選した。どれもメジャーな話らしいが、僕はホラーマニアではないので、知らないものが多かった。しかし読んでみると、とても興味深い。僕はさらに厳選して、奇怪な怪異を紹介する。

 「ヤマノケ」は山中で車内泊した男が山に棲む怪異に遭遇する話。ウルトラマンのジャミラみたいな頭がないシルエットで、足は一本。車の窓に近づいてきて、胸のあたりに顔がついているのがわかる。同乗していた娘がその怪異ヤマノケに憑かれて、正気に戻れなくなる。遊び半分で山には行くな、と締め括られる。僕は登山が趣味なんだけどなぁ。

 「海からやってくるモノ」は海沿いの集落に海からパイプ状の禍々しい怪異がやってくる話。先端に顔がある。怪異と目を合わせた語り手の友人は病院に入院し、退院後も情緒不安定になってしまう。ともかく、おれは海には近づかないよ、との結末。僕は釣りが趣味なので、そういうわけにはいかないのだが。

 「八尺様」は帽子を被った白っぽいワンピースを着た女性怪異の話だ。ハ尺様は2メートルくらいある生垣から頭を出せるほど背が高く、魅入られると数日の間に取り殺されてしまう。出現するのは、語り手の父親の実家がある村で、田舎だ。

 ネットロアは都市伝説らしいが、都市の途切れた山や海や村が舞台になっていることが多いようだ。完全に人里離れた土地ではなく、都市の真ん中も舞台とはならない。境界線に怪異が立ち現れる。ふだん住んでいる土地から少し離れたところに恐怖がぱっくりと口を開けているというのは、興味深い構図である。

 「邪視」は裏山にいる頭ツルツルで真っ裸の怪異。眉毛がなく、一つ目で、その目が縦についているという異形。見ると死にたくなってしまう。邪視は糞尿や性器など不浄なものを嫌うので、チンコを見せて戦うという奇想の物語。最初に書いた人は天才かな。

 ネットロアには、一つの話にさまざまなバリエーションがあるのが特徴。都市伝説あるある。

 「リョウメンスクナ」は2体の人間が結合した奇妙な形状のミイラ。岩手県のとある古いお寺を解体したときに発見される。「日本滅ぶべし」という血文字の遺書が出てきたりして衝撃的。

 ネットロアでは水木しげるも真っ青な新妖怪が次々と出現している。

 「猛スピード」は全裸でガリガリに痩せた子どもが猛スピードで走る話。これも新しい怪異だ。

 「コトリバコ」は複数の子どもの死体を詰め込んだ箱だ。13年間に渡って、村人は箱をつくり続け、16個の箱ができた。箱自体が怪異化しているのだが、この怪異を見た人は、意味不明なことをしゃべり出す。

 ネットロアの怪異談ではこのパターンが多く、アニメ「裏世界ピクニック」でも声優が意味不明なセリフを上手に語って見せ場をつくっていた。

 最後に「くねくね」について語る。これはdaimaの前述の記事には出てこないが、かなりメジャーな怪異で、僕がもっとも心惹かれる存在だ。

 くねくねは田んぼにいる白または黒のくねくね動く怪異であり、その正体を知ると精神に異常をきたすとされている。僕はこれを知って以来、田んぼの中の道を散歩するとき、くねくねを捜すようになってしまった。

 ある日、田んぼに立つ白鷺が首をくねくねさせているのを見た。くねくねじゃない、鳥だ、と思ったのだが、よく見ると、頭がなかった。散歩の同行者によると、僕は「ぎゃああああ、さぎのみやくねくねのみや、みたしったわかったあれはあのよのくねくねのみや」と叫んだそうなのだが、記憶がない。

 僕がSFショートショートを書き始めたのは、くねくねらしきものを見て以来のことである。精神に異常をきたしているのかもしれない。

 

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