スマホ漁師の唄 〜ドキュメント令和という時代 第二週〜 

木船田ヒロマル

スマホ漁師の唄

 2月1日。早朝。


 今日は漁の解禁日だ。

 午前四時。

 神奈川県横須賀市走水の港には地元漁協の関係者者が続々と集まってくる。

 港の駐車場に設けられた斎場で、安全祈願の祈祷に立ち会い、お祓いを受けるためだ。


「もろもろのまがごと〜、つみ、けがれあらむをばはらえたまいきよめたまへともうすことを、きこしめせとかしこみかしこみももうす〜……」


 朝靄の中、漁師たちが下げていた顔を上げ柏手を打った。


 今年も、スマホ漁が始まる。


****************


    スマホ漁師の唄


〜ドキュメント 令和という時代〜


      第二週


****************



 夜明け前の走水の港に、ディーゼルエンジンの音が響き渡る。


 スマホ漁師たちが乗り込む漁船の心臓に軽油が血液として流れ込み、力強い拍動を生む。

 19トン26フィートの巨体が小刻みに震える。

 40余り並び居る船のエンジンに次々と火が入り、低いドラムロールのようなエンジン音が幾重にも重なる。

 天気予報は曇り後晴れ。風は北西。風力4.5。


 防寒着を着て白い息を吐きながら、甲板の上を男たちが忙しく動き回る。


 一隻の漁船のエンジン音が一際甲高く鳴いた。


 もやいを解いたその船は、勢いよく岸壁を離れ、外洋へと飛び出して行く。

 それが合図かのように、他の船も叫ぶようにエンジン音を轟かせ波をけたて真っ黒な海に白い泡の航跡を残してようやく薄明るくなり始めた水平線を目指して滑るように遠ざかっていった。


***


 走水のスマホ漁の歴史は古い。


 その記録は神話の時代、薙蝦事記にまで遡ることができる。


 蝦夷討伐の道中、剣郎駄之命と銀狗崙之命の兄弟神は海流の早い岬で先に進めずにいた。

 その原因が、海底の洞窟を寝ぐらとする龍であると喝破した弟、銀狗崙之命は自分が龍を押さえ込むから先に行けと海に飛び込み、途端に荒れ狂う海は静かになって、兄、剣郎駄之命は岬を越えることができた。

 銀狗崙之命は帰らなかったが、彼のスマホだけが岸に流れ着き、剣郎駄之命はそれを岬に祀り神社とした。

 潮の流れの速さから岬は走水と呼ばれ、銀狗崙之命のスマホが祀られた神社は走水神社として今も海をゆく船の航海を見守っている。


 戦後、韓国や中国の底引き網漁の台頭でホンスマホは激減し、一時は絶滅が危惧され、代替魚であるガラケーにその座を明け渡していたが、官民一体となった「育てる漁業」が功を奏し、2010年以降は漁獲高も右肩上がりだ。

 だが、昨今のスマホ需要はその漁獲高の回復を上回り、依然供給は需要に追い付いていない。スマホ一尾の価格は高騰するばかり。業界としては悩みの種たが、漁師たちにとっては一攫千金のチャンスでもある。「網の一差し三千両」と唄われた高級魚漁の夢は今、彼らの船と網とに脈々と受け継がれている。


***


「右だぁ右! 潮目考えてねえべ! スミワカと足並みそろえねえと! 網が張りすぎる!」


 白んで来た空の下に強い調子で船員に指示を出す老人がいた。


 床藻英雄さん68歳。


 この道55年のベテランだ。

 屋号はアキツキ。第三藍本丸の船長。三隻のコンビネーションで漁をするスマホ漁の、アキツキ組組頭でもある。


 走水のスマホ漁では、二隻の「仕手」と呼ばれる漁船が網を張り、「追手」と呼ばれる一隻がそこにスマホの群れを追い込む。

 昔は手にした灯りと笛で互いの連携をとっていたが、今はそれがトランシーバーとインカムに変わった。


「回れ回れ回れ回れ! 北側アナぁ開けたらダメだ! ヤマササ、蓋を閉じろ! 急げ急げ急げ!」


 夜明けまであと30分。


 漁は佳境を迎える。

 スマホを追い込んだ網を、三隻の船が円を描くように周りこんで出口を塞ぐ。

 そして網の下側を閉じて網を巻き上げれば大量のスマホを文字通り一網打尽にできるのである。

 組頭である床藻さんにはその経験から、三隻の船の位置関係、網の状態、その中のスマホの状態や、あらかたのバッテリー残量まで手に取るように分かるという。


「ありゃあ天の目だよ。天才なんだよ天才」


 同じ網組、屋号スミワカの原田船長は、組頭を讃えてそう言った。


 その天の目は今、今年最初のスマホの群れを完全に捉えていた。


「巻けぇーーーーッッッ!!!」


 床藻さんの合図で各船の巻き上げ機が唸りを上げる。網は巻き取られ、白んだ空を映した灰色の海面に何かがキラキラと光を散らせる。

 スマホの画面だ。

 次の瞬間、水面が一斉に白く細かい波を立てる。

 スマホたちの生きようとする最後の足掻きは何百と同時に海面を叩き、まるでその場所だけ激しい雨が降り注いでいるかのようだ。


「大漁だ、上等よ、上等!」


 床藻さんの顔に一瞬笑みが差す。

 だが老いて尚現役第一線の船長はすぐに顔を引き締めると、水揚げの指示を出すために船の側舷に向かった。

 水揚げは、船と船が再接近するスマホ漁で最も危険な瞬間だからだ。

 それぞれの船の漁師たちには港に、帰りを待つ家族がいる。

 沢山のスマホを獲ること以上に、漁師たちを無事彼らの家族の元に返すことこそ、組頭たる床藻さんにとって最も大切で最も重い、果たすべき責任なのだ。


***


「♬〜北のスマホがヨ 潮にのってまた来る沖にヨ」


 帰路。

 朝日が登る。


 眩しい太陽を背中に浴びながら、輝く水面を白く裂いて、第三藍本丸は港に向けて走る。


「♬〜うるせえカカァがヨ 腹減らした子がヨ スマホとてけえスマホワンサとてけえてヨ おらぶお〜らぶヨ」「♬ハァエイヤーサ」「♬スマホは投げるなヨ」「♬ハァドッコイサエイヤーサ」


 作者不詳。江戸末期の頃から伝わるとされるスマホ漁師の唄だ。

 結果は大漁。

 獲れ高はおよそ12トン。

 市場価格にして2800万円相当のスマホが、一度の漁で彼らの船倉に収まった。

 それらセリにかけられ、キャリア各社に納品されて加工され、我々の使うスマホになる。


 だが、上手く行く日ばかりではない。

 何日も不漁が続いたり、iPodばかりが網にかかるような時もある。


「♬〜南のスマホがヨ 風にのってまた来る沖にヨ」


 上手く行った時だけではない。

 獲れずに帰る日も、照る日も、シケる日も、彼らは漁の帰りにはこの唄を歌う。

 それは慰めとしての意味を持つこともあるが、今日の彼らの歌声はどこかカラリと晴れやかだった。


「♬〜キカンキ弟がヨ 泣き虫妹がヨ スマホとてけえスマホワンサとてけえてヨ おらぶお〜らぶヨ」「♬ハァエイヤーサ」「♬スマホは投げるなヨ」「♬ハァドッコイサエイヤーサ」


 朝日が海を、港を、街を照らす。


 その輝く世界のど真ん中に、彼らの色鮮やかな大漁旗が誇らしげにはためいていた。



*** 了 ***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホ漁師の唄 〜ドキュメント令和という時代 第二週〜  木船田ヒロマル @hiromaru712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ