第二章・主観と客観(一)


 旅商人のヴワディスワヴ


 私はアルドナと半時間かけて、やっと化粧し終えた。今、多くのポケットが付いている革製ジャケットと綿製のシャツを着ているし、絹製の乗馬ズボンを履いているし、メガネも掛けているので、私は完全に旅商人になった。が、外見がこんなにやり手の男になってしまうとは…


 一般的には、商人は軍刀、長剣など「明らかな」武器を携えることが少ないから、私はブレイドが付いた腕当てを着るだけだ。勿論、もし戦うことになったら、仕方のない自衛だとしても、今回の任務は失敗することになる。ということが分かっているから、私はなるべく目立たないまま、商館に入って他人の目を引かないようにする。


 私の知る限り、東方へ来て売買をする商人は、よくヴィテブスク城で備品を買ったり商品を売ったりする。もし街で自分が知り合った商人に遭って気付かれたら、大変なことになる。したがって、私はもう一着のマントを着て、何かあったらすぐ顔を遮ることに決めた。


 私はどの陣営に居ても、他者には見せてはいけない仕事をやっている。時折そういう事を考えると、運命ははかないと感じてしまう。私は嘘を言いながら、嘘の中で生きてゆく。それは善のためなんて…いえ、今でも自分の目的は本当の善だと言えるか確信できない。


 私は社会の平和と秩序を取り戻したいので、過激派の反抗軍を狩りながら、貪官汚吏にも抗う。しかし、吸血鬼と妖精の衝突が緩む日は本当に来るのか…?



 「どこからいらっしゃいましたか?商品をお買いになりますか?」


 「私は黒ルーシから来た商人です…初めてヴィテブスクに来ましたけど、貴店では毛皮を販売していますか?」


 「勿論です。こちらのサンプルをご覧ください。」


 短くて薄い髭を生やしている中年の妖精の店員さんは、私を商館に案内し始めた。彼の制服には派手な柄と金糸がついていて、コニチ家族の財力をはっきりと顕示している。


 コニチ家族の商館には、心地よい香水の匂いが溢れている。まごつきそうになるほど多くの商品のサンプルを見ると、私は思わず目を大きくした。ここには多種多様な珍しい木材、薬材、毛皮がある。その中で、帝国の他の地域では見つけられない物産もたくさんある。コニチ家族は黒い森林の奥でこれらのものを得るために、きっと数えきれないお金を使って人員を派遣したのだろう。


 精巧な絹に置かれた骨は私の目を留まらせた。私には骨が強い魔力を放っているのが感じられる…まさかドラゴンの骨なのか?


 「すみません。あの強い魔力を放っている骨はどの動物の?」


 「あ、これはドラゴンの肋骨の欠片です。あのドラゴンは黒森林に住んでいた堕落した緑のドラゴンでした。十年前、ドラゴン殺しに倒されました。私たちはドラゴン殺しから一部の龍骨を買ってレアな薬材として販売している。」


 よし、これは大切な情報だ…龍の骨格や皮膚や角や肉や歯など、龍の体の一部であれば強力な魔力が付いている。そういう物を売りたいなら、大公国が発行した販売免許を得て、高額な税金を払わないとダメだ。この点から推論すれば、このコニチ家族は有名無実の富裕層ではないだろう。。


 「すみません。」と女性の店員さんは私たちとすれ違って言った。私は彼女のスタイルに惹かれて頭を回した。


 この美女は柳のように高くて美しい。柔らかそうな灰色の髪は柳の葉の如く揺れている。制服の上からでも彼女の胸がはっきり見える。彼女の髪の色とアクセントから判断すれば、多分ラヨスの秘書のアシカと同じ、湖の妖精の一員だろう。


 私の記憶の限りでは、湖の妖精は男女を問わず、みんなの背の高さは確かに抜群です。しかし、ここの湖の妖精はおかしい…彼らは殆どスリムなタイプのはずだ。なぜこの都市で見たやつらはそんなに豊かな胸を持っているのか?


 「どうしたのですか?商人さん?」


 「あ、何でもありません。先に進みましょう!」


 だが、ちょっと進んだばかりで、また一人の美人の妖精が私の目を引いた。彼女は肌が透けるほど白い。バストは大きいが、腰は細くてまるで片手で包めるようだ。こんな店員さんがお客さんを接待するなら、コニチ商館は商売が栄えて当たり前だ。


 「弊社の女性の店員は全員レベルが高いでしょう!」


 「そうですね…確かにみんな美人です。」


 店を案内してくれている男性の店員も私が彼の同僚に視線を送っていることに気付いた。彼は美人の同僚たちを自慢するかのようだ。


 「大げさではなく、美男子と美女ではなければ、私たちの商館の制服は着れませんよ!市長さんの秘書であるアシカ、彼女は昔ここで働いていたのです。」


 「おう…市長さんの秘書はこの商館の従業員だったという意味ですか?」


 「そうです。しかし、彼女は仕事が優秀なおかげで、市長の秘書になりました。」


 「一度あの秘書を見たことがあります。彼女は確かに美人で、市長の側に立つと、彼に光彩を添えますね!」


 「弊社の元従業員をそのように褒めてくれてありがとうございます。私も光栄です。アシカは確かに才色兼備の秘書だと思います。」


 才色兼備を強調するのは逆にあやしいね…私はそう感じた。彼女はラヨスと大人の関係を持っているのか…と聞きたいが、この質問は直接的過ぎる。


 エウフェミアさんの大きさも形も抜群の巨乳を拝見した後、普通の巨乳を見てもあまりドキドキはしない…さっき、私が止まった理由は、どこかおかしいと感じたからだ――コニチ商館の女性店員はスタイルが良すぎて、不自然なほどだった。これらの女性店員を探して雇用するために、彼らはいくらお金を払ったのか?


 まあ、いいんだ。今、女性のスタイルは私が関心を持つべき事ではない。美女の店員はお客さんを引く手段の一つに過ぎない。


 「これらの商品の殆どは、ヴィテブスクの狩人とレンジャーが森林に行って、取ってきたものですか?」


 「そうですね。ですが、私たちは森の中で住んでいる住民たちと提携関係も持っています。白ルーシにはどこにでも杉と松が生えていて、野獣の数が住民の十倍以上ですので、狩人が見えない村はありません。」


 私は商館に陳列されている商品を見て、毛皮を買おうと決めた。


 「三本角の馴鹿の毛皮を買いたいのですが、いくらですか?」


 「全身の毛皮ですか、それとも半身の毛皮をご所望で?半身はズロティ五十枚で、全身は九十五枚です。」


 「半身お願いします。」


 コニチ商館が売っている商品は、確かに他の場所より安い。三本角の馴鹿はヴィテブスクより寒い、より北の地帯に生息している動物だから、過酷な環境で馴鹿を捕まえるのは難しい。コニチ家族がこの毛皮に対して設定した価格は、時価の一割引きぐらいだ。


 「今は春も初めですから、割引があります。金貨48枚で差し上げましょう。」


 私はポケットからズロティ白金貨を五枚だした。こういう硬貨は黄金と白金で作られたもので、上には「更に大きい」(Większy)を意味する「W」が刻んである。一枚で金貨十枚に等しい。


 「すみません。お釣りのズロティ金貨二枚を銀貨二十枚に替えてください。ありがとう。」


 「はい、畏まりました。」


 店員は丁寧に鹿の毛皮を折りたたんで、きれいな布製の袋に入れた。私はこの時に店の客を観察する――今は朝だから、半吸血鬼、クォーター吸血鬼と妖精の客のみである。反乱軍と思しきやつはいない。少なくとも隠し武器を携えているやつは見なかった。


 「これはお客さんの商品とお釣りです。ありがとうございました。」と店員はお釣りと鹿の毛皮を渡した。


 やった。私はもう重要な糸口を手に入れた。私は考えながら、商館の出口に向かった。


 旅館に戻った後、先ずは毛皮の模様を見よう――三本角の馴鹿は二重の毛を持っていて、地域によって馴鹿の毛色が違う。それは私みたいな極東で暮らしたことがある妖精しか分からないことだ。コニチ家族はどこから馴鹿の毛皮を得たのか確認したい。


 それ以外、私もお釣りの二十枚銀貨は、どこで作られたものか確認すべきだ――帝国各地はそれぞれ違う図案の硬貨を発行するから、私は大まかに彼らがどの地域の人と取引をしているか推測できる。


 皮肉なものだな~過去の辛い生活が今の任務に役に立つなんて、私は裏切者の価値を存分に発揮しているね!



 「すみません、コニチ商館はどこか、知っていますか?」


 私は商館を離れたばかりで、二人の女性に道を聞かれた。


 「この道を進んで左に曲がって、そして、パン屋がある交差点を右に曲がって、五分歩いたら到着します。」


 「ありがとうございます。あたしたちと同じ、旅商人でしょう?」


 「そうですね。私はこの都市へ錬金術の原料を買いに来ました。コニチ商館から出たところです。」


 「私たちはコニチ商館に売りたい商品を少し持っています。偶然ですね。」


 二人の美少女の顔は似ているから、多分姉妹だと思う。年上の方は肩までの灰色のくせ毛を持っていて、笑顔が活発的な感じがした。年下の方は金髪が背中まで長くてツインテールになっていて、目から物静かな雰囲気を出している。


 アクセントで、彼女たちは南の赤ルーシ大公国から来たと推測できる。そこは食料と鹽を豊富に産出しているから、白ルーシより富有だ。彼女たちが着ている絹製のジュパンはまるで国力を顕示するかのようだ。


 「もし二人はまだ旅館を選んでいないなら、都市の東へ行くと、幾つかの旅館を見つけられますよ。豪華な別荘から普通の酒場まであるので、二人のご予算次第で選べます。」


 「ご紹介ありがとうございます。あたしたちはこの町に来たことがあるので、問題がありませんよ。」


 「それでは、さようなら。」


  私は手を振って、彼女たちの後ろ姿を見送った時、偶然おかしいことに気付いた――彼女たちはジュパンの中に短刀みたいな武器を隠している。私のような目がいいスパイでなければ、発見できなかっただろう。ヴィテブスクは旅人が自衛用の武器を携えたまま歩くことを禁止していないのに、なぜ彼女たちは武器を隠している?


 まあ、これは私と関係がない。たとえ彼女たちが反抗軍だとしても、戦う必要はない。目の前の任務をやり遂げないとダメだから。

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