第一章・信任と懐疑(七)


 「悔しいのう~ヴワデク。わたくしはもう二回負けたのじゃ。」


 「前回は引き分けですけど、今回は多分負けます。」


 結局、計画は二人の思ったままに順調に進むのではない。彼たちは賭場に入る後、先ずはチェッカーをやったが、二人の相手が弱い者ではないことに気付いた。


 この賭場で、ゲームの賭け金は一回でグロシェ金貨2~10枚だ。値段が高くないので、多くのボードゲームの愛好者が惹かれて居続ける。彼らのレベルは腕前が良くて当たり前だ。


 「ハハハ、お嬢様の棋力は貴女の下僕より高いですわね。しかし、私はこの賭場で最も強い博徒の一人で、五十連勝って記録もありますよ~」


 アルドナと対局しているのは既婚の妖精貴婦人だ。彼女には特にやる必要がある家事がないから、毎週、使用人を連れて、賭場へ時間を潰しに来ている。彼女は長い時間で重ねた経験で、アルドナに反撃の余裕すら与えなかった。


 「やはり上には上があります。わたくしは故郷のみんなに勝っても、進歩の終わりがまだ見えませんね。」


 自分の棋力をもっと上げるアルドナに比べると、ヴワデクはあまり勝負を気にしない。どうせ負けても勝ってもゲームに過ぎない。それより、情報を手に入れるのが一番重要な事だ。


 「少年、ボードゲームをやり始めて何年も経ちますか?」とヴワディスワヴは対局の相手にこう聞いた。彼はちょっと幼い顔立ちをした少年のクォーターだ。


 「十年ぐらいかな~僕が働いている酒場のオーナーさんはボードゲームが大好きですから、よく彼と対戦します。でも、お兄さんのおかげで勉強になりました。さっき、あのような特別なやり方で僕の勝利の機会を奪って引き分けに持ち込むなんて…」


 「最後から十手の時点で、自分が勝つ確率が低いと判断しましたから、引き分けの戦略を考えましたけど。」


 「なるほど、盤上の変化を把握するのが上手ですね。」


 「褒めてくれてありがとうございます。ヴィテブスクの賭場でいい相手と対戦できてこちらも嬉しいです。」


 「お兄さんはどこから来ましたか?」


 「黒ルーシから来ました。初めてヴィテブスクへ来ましたよ。ここの道路と街の設計は良いですね。貴方たちの市長は丹精をこめてここを建設したのでしょう?」


 「そうですね…ラヨスさんは真面目な市長ですが、誰もが彼が好きなわけではない。」


 「ハハ、政客はみんなに好かれるのは難しいでしょう。彼が貿易の発展を主な政策として行うと聞きました。」


 ヴワディスワヴは円滑に話題を自分の望む方へと変えていく。


 「そうですね。彼は商人の出身ですから、選挙に立った時、十年後全ての住民がワインを飲んだり、絹製の服を着たりできるようにする。でなければ、全部の給料をシティへ寄付するから、という政見を発表しました。ここの経済発展の速さから見れば、この目標は多分達成できるでしょう。」


 「ですから、市長さんはこの辺りの物産を帝国全地域に運送して売るつもりですか?」


 「はい、彼には新しい物産を探す予定もあります。でも、まだ検討しています。」


 「ところで、市長の側にいる秘書は、元々コニチ商館で働いていたっけ?彼女は本当に綺麗ですね!」


 「あの秘書なら…前はコニチ商館で管理職を務めていた。ある日、市長が商館へ巡視に行って、彼女の才能に驚きました。そして、商館に彼女を自分の秘書にしてくれるように要求しました。」


 「おう…そうですか。」


 「もちろん、市長がアシカの美しい顔に惹かれたから、彼女が体をその役職と交換しました…以上のゴシップ、お兄さんは真実性を確かめる必要がないです。ゴシップはあくまでゴシップだから。」


 「分かりました。ある事は聞き流して、心に留めないほうがいいです…でも、市長さんはもう結婚しているのでしょう?」


 「結婚はしていますけど、彼の奥さんに許してもらえば、『上女中』を養っても大丈夫です。彼は普通の市民じゃなく、貴族の身分も持っていますよ~」


 「本当か…彼はそんなに裕福ですか?」


 闇血帝国は一夫多妻婚を禁止しています。しかし、貴族が肉欲に溺れて、平民や農奴と沢山庶子を作り、高貴の血筋が至る所に拡散することを防ぐために、帝国は貴族に特権を与えた――彼らは自分と同じ貴族や市民出身の女性を選んで、「上女中」にすることができる。そして、上女中たちと好きなだけ交わってもかまわない。庶子たちは貴族の身分がないが、市民の身分を取得、父の財産を少しばかり継承することができる。


 もちろん、上女中と子供を養うことには沢山お金が必要だ。その上に、継承をめぐる紛争が起きる恐れもあるので、大貴族さえハーレムを持っている方はとても少ない。他の貴族ならばできるはずがない。ラヨスは秘書のアシカと肉体関係を持っていても、必ず彼女を上女中にするとは限らない。


 「ハハハ、彼は市長ですよ!」


 ヴワディスワヴは質問を続けたいが、自分とこの少年は友達ではなく、喋る時に多くの事を聞けば、逆に相手に警戒心を抱かせてしまうことが分かっている。


 「官職を持っていていいですね。私もいつか市民と貴族の身分を取れればいいな……もう一回対戦しましょう!」



 旅館に戻った後、アルドナは招待状を受け取った――ラヨスはこの都市の議員と富裕層を紹介したかったため、彼女を今晩の宴会に誘った。


 「あ、ラヨスのやつは恐らくわたくしたちが犯人を訊問することを引き延ばしたいのかも。」


 「確かに。しかし、アルドナ様は宴会で何か大切な事を聞けるかもしれません。」


 「あれらの『偉い人物』と付き合うことを考えると、疲れるね…さっき賭場で何かを聞いた?」


 「アシカはたぶんラヨスの愛人でしょう。彼女はコニチ家族が市長を操るための道具という可能性もあります。」


 「あの貴婦人から聞いたのは、コニチ家族はラヨスが選挙に立った時の支援者だったのじゃ。でも、彼らがいくらお金を払ったのかは確認できぬ。」


 「それなら、たとえ密輸入事件の計画者がコニチ家族であっても、ラヨスはできるだけ彼たちを守ろうとするでしょう。」


 「わたくしたちは商館へ調査に行き、彼たちの勢力がどこまで強いのか確認するべきじゃ。」


 「しかし、堂々と商館に行ってはダメでしょう?アルドナ、貴女は使者なので、他の外来者より目立ちます。」


 賢いヴワディスワヴは、今回の調査任務はまた自分が負うことになるとすぐ分かった。


 「私が旅商人を偽装しますから、私を商館に行かせてくださいね。」


 ヴワディスワヴは箱のほうに向かい、幾つかのスタイルが違う服装を取り、ベッドに置いた。


 「どんな商人に扮してほしいですか?華麗な、或いはワイルドな、はたまた堅苦しい商人など…」


 「お前は毎回『出張』する時、そんなに多くの服装を携えてるの?」


 「場合により。私の仕事は堂々とやることができないから、自分の正体を隠すことに慣れて上達した。」


 アルドナは彼の言葉を聞いて、少し皮肉を感じたが、どう答えればいいか分からない。


 「私たちは二手に分かれましょう!アルドナ様はラヨスの宴会に参加します。私は商館に行きます。戻った後、情報を交換しましょう。」


 「できれば、私は本当にこの夜の宴会に行きたくないのう……」とアルドナは部屋の鏡に向かって行った。


 「宴会に参加する前に、一時間以上かけて化粧しないと。宴会中、自分の振る舞いに気を付けたり、微笑みを維持したりする必要もある。だ

が、もし役に立つ情報を十分手に入れられなかったら、行くかいはないじゃのう!」


 「化粧と言えば、アルドナ様に手伝ってもらいたいです。」


 「どうしたの?」


 「私はちょっと髪型を変えて顔にも化粧する必要があります。さっき賭場に居た時、私たちは正体はバレなかったけど、私たちの顔を覚えているやつがきっといるから、油断大敵です。」


 「前髪を下ろしてあげる。ちょっとアホらしいじゃが、帽子とメガネを掛けると、堅苦しい商人になるのじゃ。」


 「実はね、もっとアホの雰囲気が出たほうがいいと思います。他人が私に対して警戒心を持ってほしくないですから。」

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