第一章・信任と懐疑(六) (お風呂シーン有り)


 悩みまみれのアルドナ


 「ハア…この調査が早く終わって、スルツクに戻ってお菓子を食べたいのう!」


 わたくしは桶風呂に入りながら、次の計画を考えておる。


 ヴワデク、あの子の情報によると、東の反乱軍は多くの団体に分かれたらしい。彼らはお互いに戦い、帝国の貴族と協力してライバルに打撃を加えることもある。しかも、彼らは目標が帝国軍を倒すことに一致しておらん。同じ団体の首領が謀殺で変わることも時々発生した。とにかく、全ては混乱じゃ。


 反乱軍は市民か貴族と商品を売買する可能性がある。しかし、今回の真銀密輸入の事件について犯人と掛かり合いを持っている貴族はどの階級までなのか、わたくしには把握できぬ。


 実を言うと、わたくしは今でも、なぜある吸血鬼と半吸血鬼の貴族が真銀の密輸入を試したか、ちっとも分らぬ。例えクオーターであっても吸血鬼の暗黒の血を持っておる者にとって、真銀の武器に傷つけられたら、十分な痛みを感じるはず。そういう事はみんな知っておるじゃろう?


 反乱軍との戦争でわたくしは真銀の矢が腹に当たったことがある。鋼鉄製の薄片鎧が一部の威力を防いだおかげで傷は深くなかったが、痛くて堪えられなかった。三日経って、痛みがやっと全部無くなった。もし普通の刀剣による傷であれば、一日ぐらいで完治できるのじゃ。


 できれば、わたくしは戦場で板金鎧を着て再び真銀の矢に傷つけられることを避けたい。しかし、板金鎧のセットだったら、胸と肩と腕の部分だけで値段は非常に高くなる。活動しやすくて防御力も高い高級品の方は特に。ミア姉様がわたくしのために板金鎧を注文しなければ、その費用で五着の鎖帷子、或いは三着の薄片鎧が買える。これは割りに合わぬことじゃ。


 しかも、わたくしは元素使いじゃ。魔法使いの中で板金鎧を着る者は少ない。魔法の威力を上げられるルインの板金鎧は、貴族の荘園の価値を超える場合もある。


 ところで、豊かで張りのある胸を持っておるせいで、わたくしは板金鎧に向いておらん。展延性が良く軽い薄片鎧を着た方がわたくしの胸は楽になる。


 わたくしもミア姉様も黒ルーシと白ルーシで領地を所有する古い家系の出身じゃ。わたくしたちの女性の親戚と祖先の中には、胸が豊満で他の女性貴族に羨まれる者が多い。しかし、戦闘の邪魔にならないように、昔からわたくしは時間をかけて胸を鍛えなければならぬ。毎年沢山のお金で下着を買う必要もある。それは美しさの代価じゃ。


 だが、美貌より自分の才能を他人に認められたい。わたくしは保安官という官職で満足できぬ。ミア姉様と一緒に努力して、大公国の高級官僚になり、あれらの愚かで欲張りな貴族の上に立つことを目指しておる。


 この時、わたくしがバスルームに持って来た魔法石が青い光を放っておった。ミア姉様がわたくしに連絡したいのじゃろう。服と一緒に置いてある魔法石をわたくしのほうへ飛ばした。そして、魔法石に話し始めた。


 「わたくしはアルドナ・ドルツカ、四つの三日月の下で歩いておる貴族じゃ。」


 パスワードを聞くと、魔法石は光が強くなり空に浮かんで、そこの光景を見せ始めた。


 ミア姉様の上半身が現れた。彼女は一糸纏わぬ姿なので、彼女の肩幅より広い豊かな胸がはっきり見える。


 「アルドナ、もうヴィテブスクに着いたの?」


 「そうね。わたくしは今お風呂に入るところで、この後ですぐ寝たい。」


 「丁度いいわ。私もお風呂中だ。少し伝えたい事があるわ。」


 ミア姉様が話す時、汗が彼女の首に沿って谷間に入っていった。わたくしはミア姉様と時折一緒にお風呂に入る。自分の胸は彼女のより形がいいと思うが、彼女の巨乳を見るたび、羨ましいと感じる。


 「ボレスワヴ兄様が私に手紙を送った。彼はもう白ルーシ大公と連絡を取ったようだ。白ルーシ大公は密輸取締りに賛成したいけど、ヴィテブスクが自治都市のせいで、直接調査命令を下せない。民兵に頼んでこっそり調査することしかできない。ということだ。」


 「わたくしたちの大公様もこの密輸入事件が厄介だと思っておるようじゃのう~」


 黒ルーシ大公ボレスワヴ兄様の母は、ミア姉様の父の妹じゃ。つまり、二人は従兄妹の関係じゃ。わたくしはボレスワヴ兄様と血は繋がっておらぬが、彼はわたくしをミア姉様のような妹として扱う。だから、彼を兄様と呼ぶ。ボレスワヴの父である前任の大公は軟弱で無能だったので、多くの貴族は官職売買をしたり自由に振る舞っておった。ボレスワヴ兄様が爵位を継承した後、幾人かの若い友達と親戚を抜擢し直轄地の管理を任せて、長い時間をかけてやっと貪官汚吏を片付けた。ミア姉様は彼の右腕なのじゃ。


 「今の情報によると、密輸入の真銀は白ルーシと黒ルーシの貴族たちに売る予定だったようね。でも、用途は何のかもっと詳しい調査が必要だ。多分暗殺に関わる用途だろう。少し前、クレツコの守護が城に潜入した暗殺者に殺されてしまった。彼は真銀の矢のせいで出血多量になって二時間断末魔の苦しみを感じた後、死んでしまった。」


 「クレツコの守護は半吸血鬼だと覚えておる。そうじゃろう?彼の生命力は我ら純血吸血鬼には劣るけど、心臓に当たらなかったら、そんなに容易く死ぬはずがない…」


 「彼の胸と腹は一気に三つの矢で貫かれた。しかも、矢じりがフォーク状のものだ。衛兵が傷ついた彼を発見した時、彼はもう深昏睡状態になっていたね…司祭が治癒魔法を使っても彼の目は覚めなかった。気になることは、あの真銀の矢は反乱軍によって作られたものじゃなさそうだってことだ。…製作者は帝国内にいるかも。」


 わたくしはこの推論を聞くと、背筋が寒くなってしまった。城に潜入して高級官員を暗殺することもできるなんて、裏の指導者はきっと並の者でないのじゃろう。


 「ミア姉様、暗殺を唆した者が帝国内にいる貴族と思うの?」


 「今は確認できない…殺し屋を捕まえるべきだ。でも、もし殺し屋が帝国の外から来たのなら、追跡するのは難しいわね。」


 「暗殺を唆した貴族が丁度ヴィテブスクにいる可能性があるなんて、信じられないけど、調査し続けるぞ。」


 「はい、この任務を成し遂げた後、貴女の荘園にもう一人の奴隷を与えてあげるわ!」


 「それとも、わたくしにヴワデクを一日貸してくれても上等じゃ!」


 「良い提案ね。彼に別荘で貴女を奉仕させるって。貴女と何回も戦った若い妖精が跪いて、お茶とお菓子を献上するのを見ると、超素晴らしいと思うでしょ!」


 「そうね。その時、この僕をどう使えばいいか、話し合おう!」


 「うん、待ってるわ!」


 わたくしはちょっとあくびをしながら、湯煙に包まれたバスルームを見ておる。十分難しい任務に挑戦する前に、ちゃんとリラックスしておかないと。焦って戦場に駆け出たら、ちっとも優雅でないのじゃ。



 ラヨス市長は中年の男性妖精だ。彼は多くの鷹の羽で飾られた兎の毛皮の帽子を被っていて、首から黄金が散りばめられたメガネを下げている。彼が身に纏っているのは絹製の緋色のジュパンだ。彼は自分を知的な紳士の姿を見せたいのだとみんなには感じられる。しかし、服が豪華すぎるせいで、逆に成金の雰囲気が溢れてしまっている。


 ラヨスの側にいる秘書の女性は、スレンダーな体と誘惑するような長い足を持っている。彼女とラヨスの関係はただの秘書と市長ではない。シティホールの殆どの職員たちは、この秘書はラヨスの夜生活のお世話役も担当していることを知っている。


 アルドナとヴワディスワヴはラヨスの事務室に入ると、細工の陶磁器の花瓶に目を奪われた。色とりどりで形が違う花瓶には花が挿されていないが、煌々と光を放っている。ラヨスは立ち上がり、二人に挨拶を始めた。


 「保安官ドルツカさんと若い使用人、こんにちは。ご覧の通り、美しい花瓶を集めたのは吾の趣味です。吾は小さい花瓶も用意して、ドルツカさんに送りたいと思います。お粗末なものですが、受け取ってください。」


 流石狡い商人さんじゃ。初めて会って、すぐプレゼントで使者の機嫌を取るなんて…とアルドナは考えながら、笑顔を作って彼に感謝した。


 「わざわざ花瓶を送ってくださってありがとうございます。」


 「アシカ、花瓶をドルツカさんに渡してください。」


 ラヨスは秘書の肩を軽く叩いて、机の上に置いてあるプレゼントをアルドナに渡すことを伝えた。


 「ありがとう。花瓶を大切にしてスルツクへ持ち帰ります。」


 「どういたしまして。それでは、本題に入りましょう!吾はもうドルツカさんがいらっしゃった理由が分かりました。真銀密輸入事件の犯人

を訊問したいのでしょう。」


 「はい、これはスルツク城の城主の命令ですじゃ。最初、密輸入者を逮捕したのは隼哨兵だったのじゃ。スルツク城主と黒ルーシ大公の命令に従って。つまり、今は大公国の中央政府がこの事件を調査したいってことですじゃ。」


 「訊問してもかまいませんが、この三名の犯罪者は市民であって、黒ルーシの国民ではありません。どのように彼らを懲らしめるか、最終的にはこちらの裁判所が量刑します。」


 「勿論、こちらもヴィテブスクの自治権を尊重します。」


お前らが公正に容疑者を審判できるのなら…とアルドナは考えた。彼女はラヨスを信用してはいない。しかし、大公であってもゆえなくヴィテブスクの自治権を毀損することはできない。彼女はラヨスに犯人を大公国の首都へ送らせることができるわけがない。


 「ところで、コニチ商会は従業員が真銀密輸入罪を犯したことについて謝罪しましたか?」「はい、コニチ商会は、従業員がそのような罪を犯したことに対して非常に残念だと感じて、商会自体は事件と関わりがなかったが、責任を取って従業員を解雇して国に賠償すると言っていました。あと、コニチ商会は三名の従業員に求償するつもりです。」


 ラヨスが合図を送ると、側の秘書はデスクの引き出しを開けて、羊皮紙を取り出した。


 「アシカ、コニチ家族の寄付のリストをドルツカさんに見せてください。」


 アルドナは羊皮紙を受け取り、それに目を向けると、コニチ家族がヴィテブスク城に寄付した金銭と家畜の数が目に入った。彼らが一昨日に五千枚のズロティ金貨と二十頭の馬、十頭の牛を贈ったことが書いてあった。


 「雇われた者たちが密輸入罪を犯したことに対して謝るために、コニチ家族はこれらの物資を町に贈ってくれました。」


 「コニチ家族は本当に気前が良いのですじゃ。しかし、彼らに雇われた者がこんなことをやったら、商会も懲罰を受ける必要があるのじゃありません?」


 「彼らはもう謝りました。その上、誠意を示すためにこんなに多くの物資を寄付したのは、商会の模範とも言えますね。ドルツカさんが保安官として犯罪を許せないことは知っていますが、この家族は昔からきちんと法律を守り、吾らの町の建設に対して力を尽くしてくれました。」


 「事件のいきさつを調査し終える前に、コニチ家族の潔白を認めることができません。お金をいくら寄付しておっても。」


 「吾の秘書のアシカは、以前コニチ商会で働いていました。彼女の仕事の腕前が見事なのは、そこで訓練を受けたおかげです。市長としてこんなに良い商会が吾らの町にあることは幸いだと感じます。」


 「市長様はコニチ商会が気に入っておるならば、公正にこの事件を処理できますか?」


 アルドナはラヨスに鋭い言葉を言った。だが、市長はただ微笑んだままで答えた。


「吾らは勿論、全力でドルツカさんの調査を手伝い、犯人が相当の刑罰を受けることを望んでいます…この町は黒ルーシと頻繁な商業交流を持っていますので、反乱軍の国内への浸透を防いで商人が安全に往復できるようにすることは吾らの責任なのです。」


 「それじゃ、お願いします。いつ囚人と会えますか?」


 「明日の夜、または明後日の夜で良いです。吾はドルツカさんに囚人の訊問記録も見せます。」


 「良いですじゃ。わたくしは黒ルーシ大公に今日の談話の内容を報告します。ご協力ありがとうございました。」


 「もし吾に何か御用があれば、直接シティホールへ来てもかまいません。ところで、旅館が気に入らなければ、こちらで更に広くて心地よい旅館もご用意できます。」


 「ありがとうございます。お気持ちだけで十分ですじゃ。失礼します。」



 「ヴワデク、何を考えておる?シティホールを離れた後、もう半時間沈思し続けておるぞ。わたくしたちが町をぶらぶらしておる間、お前が言った言葉を文章にすれば、十の文ほどしかなかったぞ。」


 「ラヨスは疑わしい…あのアシカという秘書も疑わしいです。」


 「あの秘書は濃い化粧をしておるため、少し艶めかしいと感じるのじゃ。彼女はラヨスの愛人かもしれぬが、今回の事件と関係がないね…」


 「いいえ、関係はあります。」


 アルドナは疑い顔でヴワディスワヴを見て、彼の詳しい説明を待っている。


 「旅館のオーナーの言った通り、あの女性秘書は市長への影響力を持っています。もし市長から情報を深掘りしたければ、彼女の機嫌を取ってみるのも悪くない。でも、今はやり方が分かりません…彼女が身に多くの宝石を付けていたことから見れば、見栄っ張りな女でしょう。」


 「彼女に袖の下をあげる必要があるかのう…?わたくしたちは先ず市民たちに、ラヨスと秘書に関する情報を聞いたほうがいいかも。ラヨスを選んだのは市民たちじゃから、彼たちの出自が分かるはずじゃ。」


 「可能なら、賭場へ情報を集めに行くのはどうですか?私たちはわざと負けて、博徒が喜ぶ時を狙って彼らに色々聞きます。」


 「情報を集めに行ってもかまわぬ。じゃが、あまりわざと負けたくないのじゃ。お金の問題はないが、戦争チェスやチェッカーやポーカーダイスなど、わたくしは上手じゃから、本当に負けるのは嫌じゃのう。」


 「最初から最後まで負けなくてもいいですけど。一番良いのは、初め何回か勝って、相手の競争意識を煽った後に負けて、相手にもっと満足感に感じさせることです。それで情報は聞きやすくなります。」


 「良い提案じゃ!」とアルドナは親指を立てた。


 「でも、ゲームに夢中にならないでくださいね。他の場所にも情報を探りに行く必要がありますから。」


 保安官が興奮している様子を見ると、ヴワディスワヴは逆にちょっと心配になった。その理由は、賭場に入った後、冷静さを保たなければ、みんなの掛け声と歓呼に包まれたまま山ほどのお金を無駄にすることになりやすいからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る