第一章・信任と懐疑(五)


 ふたりの妖精の衛兵はベヒテルという鎧を着ている。胸と腹は鋼鉄の小札を綴り合わせて、四肢と背は張りのある輪で保護されているから、防御力が高い上に動きやすい。彼らは長い柄の斧を持ちながら、マスケットを背負っている。強壮な者でなければ、長時間哨戒を行うことができない。


 衛兵たちと戦ったことがあるヴワディスワフも彼らの武器が改良されていることに気付いた。斧は柄も長くなり、刃も小さくなり、前のより使いやすそうだ。マスケットは銃身も短くなり、ストックも大きくなり、前より命中精度が高そうだ。


 反乱軍の圧力に対して、市長は領民の生活を改善するより兵士たちの装備を強化するほうを選んだ。ヴワディスワヴは心の中でため息をついた。反乱者を制圧しても一時的な勝利しか得られない。両者にとって有利な関係を築きたければ、政治制度を革新するべきだ。


 「通行証には問題がありません。ですが、市長様に会いたいなら、シティホールへ申請しに行ってください。今月は週末を除いて、毎日市政会議を行っているので、市長様はとても忙しいのです。」


 「ありがとうございます。じゃ、町に入るね。」


 「待ってください。ヴィテブスクでは武器の管理法を実施しています。みなさん、武器を持っている場合は申告してください。以下は旅人が持てる武器の上限です。遠距離武器の銃、ワンド、弓などは二つまで。近接武器なら、五十センチ以上の軍刀、剣、槍などは二つまで。五十センチ以下の短刀、短剣などは一つまで。それ以外の武器は倉庫で保管することもできますが、一日当たりの費用はズロティ銀貨一枚です。」


 「見ての通り、わたくしの側におる二人の衛兵は槍と軍刀を携えております。御者は武器を持っておりませぬ。わたくしのは軍刀で、この下僕のは戦斧ですじゃ。万が一に備えて馬車にはクロスボウが二つ備えております。以上。」


 「これはご申請書です。ご協力お願いします。」


 アルドナは羽根ペンを取り、さらさらと全員が携えている武器を書いた。衛兵は申請書を受け取った後、アルドナたちを表門から入らせた。

表門を入ると、ヴワディスワヴの目に映ったのは全身に矢が刺さって杭に縛られた死体だ。死体の側にある立て札に赤いインクで「無実の人を虐殺した反乱軍は必ず惨死の目に遭う」と書かれてあった。


 服装と目立つ黒髪でヴワディスワヴは死者が知人だと気付いた…彼はセヴェリーン、ある反抗軍団の支隊長だ。このクォーターは帝国辺境の軍官だったが、彼と兵士たちは何年間も貴族によって給料を減らされていた。結局、彼らは耐えかねて蜂起した。


 しかし、彼は最初から貴族の政権を覆す気はなかった。彼と部下はただ貴族に奪われた給料と賞金を取り戻したかっただけだ。


 だが、法律で保障された権利を主張しても、貴族に「社会の平和を破壊した」と言われてしまえば、極悪の犯罪者になる。他の平民たちは 「罪人たち」が実は無罪だと分かっていても声を上げる勇気がない………


 ヴワディスワヴは帽子を抜いてセヴェリーンに敬意を表したかったが、彼はアルドナをちらっと見た後、軽く帽子のつばに手を置くことしかしなかった。


 今は五月の頃合いだから、ヴィテブスクの天気は涼しいが寒いほどではない。吹いているそよ風は花の香りを含んでいる。アルドナたちは街を進む時、服装が住民たちと違う商人をたくさん見た。彼らは帝国の各地から来て種族も様々だ。今は朝のバザーで、日差しはまだ強くなっていないから、吸血鬼も半吸血鬼も外で行動できる。九時を過ぎたら街がしんとなる。


 アルドナたちが泊まる予定の旅館は町の東側にあり、「川の底」と言う。その名前が付いている理由は、旅館は暴風雪の日にも営業していて、凍らない川の底のように旅人が避寒できる場所からだ。


 「この旅館に泊まる旅人は少なくないようね!」


 アルドナは旅館の厩舎のほうを向いて、停まっている馬車を数えた。全部で五台だ。馬車の大きさから判断すれば、殆どの宿泊客は夏の直前にヴィテブスクに来て商品を買い集める商人だろう。


 「それなら、私たちはもっと気をつけなければならない。」と言ったヴワディスワヴは馬車を下りる前にフードを被った。


 「ヴワデク、念のために、馬車の装備を部屋に運びなさい。」


 「はい、でも、周りに注意する必要があります。他の旅人の目を引かないように。」


 ヴワディスワヴは馬車から鎖付きの鉄製の箱を持って、衛兵たちと一緒にアルドナに付いて行って、旅館のフロントに入った。


 「わたくしはスルツクの保安官のアルドナですじゃ。三つの部屋を予約しました。これはスルツク城の官職証明書ですじゃ。」


 「アルドナ様でしょうか。ちょっとお待ちください。」


 アルドナが受付と話して官職証明書を見せた後、受付は事務室へ支配人を呼びに行った。


 「スルツクの保安官が来ていただいて光栄でございます。ようこそ川の底へ。もう広くて居心地が良い部屋を用意しておきました。私たちの特製したお菓子も部屋に置いておりますので、どうぞ召し上がってください。」


 支配人はアルドナに腰を低くして丁寧に挨拶した。気が利く保安官はすぐある事が分かった――お勘定の時、貴族の身分に応じた充分のチップを与える必要がある。


 ヴワディスワヴは壁に十枚の盾が掛けられていることに気付いた。盾には貴族の家紋が描かれている。盾の下に貴族の名前と泊まった日時が見える。


 旅館の支配人が盾を手に入れたのはどのように貴族たちの機嫌を取ったのかな…と考えているヴワディスワヴは支配人を内心嘲笑した。が、彼は上手に本音を隠して微笑んだ。


 部屋をに案内する途中、支配人はアルドナと市長について話している。


 「保安官様、ラヨス市長に用事があるのでしょう。個人的な意見ですが、よろしければ、彼の秘書にプレゼントを送ってみてください。あの秘書は市長に信任されていますので、彼女の協力があれば、どんなことでもうまく行くかもしれません。」


 「おう~あの秘書はどのような女性なのか聞いてもよろしいか?」


 「実際のところ、色気がある美女ですね。しかし、彼女を見ると、何か怪しい感じがしました…」


 「怪しい感じ?」


 「そうですね、彼女の顔と体は不自然な感じがします。彼女は湖の妖精に属しますが、湖の妖精より麗しいですから。」


 アルドナは支配人の意味がよく分からない。だが、不自然という言葉は恐らく魔法と関係がある。ラヨス市長と会う時、彼の事務室の雰囲気に気を付けようとアルドナは決めた。



 ヴワディスワヴは奇妙な形の鍵で箱を開けた。その中に武器も防具もある。


 「衛兵たちに武器を申告することを要求された時、正直に言わなくてよかったわ。」


 「アルドナ、衛兵たちを騙してくれてありがとう。これらは私にとって役に立つものですから。」


 箱に入っているのは二つのクロスボウだけではなく、軍刀、短剣、腕当て、マスク…爆弾まである。ヴワディスワヴは腕当てを付けてボタンを少し押すと、収められた鋭い手裏剣が飛び出した。


 「はっきり言うと、これらの武器は使いやすいんですけど…」とヴワディスワヴは短剣を持って揺らすと、短剣は孔雀が羽根を広げるように、三叉の形になり、二枚の鋸の刃が出た。


 「例えば、これは鎖を解くのに便利な道具ですが、なぜか、いつも私が盗賊の真似事をして潜入する時なのです。」


 「一々紹介してくれなきゃ、こんな「お宝」を持ってることは分からんね。」


 「短剣も腕当ても極東の匠たちによって作られたものです。ある貴族は目利きが正確であったら、あれらの優秀な匠たちは逃げなかっただろう。」


 「そう聞くと、わたくしは極東へ匠に会いに行きたくなる。冗談じゃがな。」


 「行かないほうがいいと思います。彼たちは付き合いやすいやつじゃありません。」


 「ところで、なぜ爆弾まで持って来たのか?」


 若い妖精はちょっと眉をしかめて、ゆっくりアルドナに答えた。


 「万が一に備えるためです。私は一人で百人と戦える大魔法使いじゃありません。」


 「わたくしは実戦で爆弾を使うことがないけど、破壊力が強すぎて、この旅館を焦土と化せるじゃろう?」


 「そうです。したがって、値段は高いです。私は任務で使うことは少なかったです。」

 

 「ミア姉様はわたくしたちになるべく武力を使わないほうがいいと伝えてくれたから、爆弾どころか、刀剣もあまり使えない。」


  アルドナは胸を張って自信満々に話し続けた。


 「そうじゃけど、誰かがわたくしをトラブルに巻き込みたいのなら、炎で焼き尽くしてやるぞ!」


 ヴワディスワヴはちょっとかぶりを振った。アルドナは優秀な元素使いなので、容易く炎を操ることができる。しかし、炎は暗い所で作られた陰謀までは焼き尽くせない。彼女はあまりに過剰な自信を持っていれば、危機を招く恐れがある。


 「そして、わたくしはたっぷり寝た後、あの嫌な市長に会う。ヴワデク、時間があれば、この辺りを散策して、この町の風習を観察しなさい。」


 「はい、畏まりました。」



 ヴワディスワヴは出かける前に、旅館の部屋である書物を読み耽っていた。反抗軍の白ルーシ大公国での活動の記録である。彼は今万感胸に迫っている。

 

 帝国の情報システムは完璧と言えるが、記録には少し誤りがある。例えば、氷泉と松林二つの妖精の部族がスタロヅブに突撃した軍事作戦は、東を撃つと見せかけて西を撃つことだった。その目的は百世帯の妖精とクォーターが東へ逃亡するのを援護することだった。政府の記録によると、平民たちは焼死したり捕虜にされたりしたらしい。だが、彼らはまだ実際に生きている。一部の逃亡者は反抗軍にも参加した。


 あの作戦、ヴワディスワヴも参加した。仲間たちがどうやって守備軍を騙したのか彼は分かっている。しかし、今更政府に事実を伝えたくはない。理由は、あれらの平民たちは差別と重税に堪えられなかったせいで、集団で逃亡することに決めたからだ。その中には少年も子供もいる。せっかく彼らを助けたので、ヴワディスワヴはその成果を無駄にしたくない。


 ヴワディスワヴは、あれらの妖精とハーフが帝国の外で幸せな生活を送り、悪魔の信者たちに襲撃されず、邪悪な部族に参加しないように願っている。


 「もし私がまだ反抗軍の一員だったら、今はどの場所で戦うのか?」

若い氷泉妖精は、毎週このつらい質問を繰り返し自分に問いかけた。反抗軍に参加したことから政府軍に降参したことまで、全部彼が決めた事ではなく、時勢に流されたことだ。


 もし自分が住んでいた村が帝国軍に焼かれなかったら良かったのに…もしずっと村に住んでいたら、平凡な生活しか送らなかっただろうが、火と剣を持って生きる必要がないことは本当の幸せだ。もう今の自分から遠く離れた本当の幸せだ。

そう考えたヴワディスワヴは本を側に捨てて、深刻に嘆いた。


 彼は今までの経歴をどう考えればいいか分からない。彼は現在だけに集中したいが、未来にはどんな苦難があるか確かめられない。彼は大公国の各種族が平等で自由に生活できるようになるという夢を抱いているが、その夢が近くなったり遠くなったり予測できないから、彼はエウフェミアに仕えるのが正しい選択かとも確信できない。


 この若いのにつぶさにこの世の辛酸を嘗めた妖精は部屋を出て任務に取り掛かった。

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