第一章・信任と懐疑(四)


 ヴワディスワフにとって、アルドナと一緒に馬車に乗っているのはちょっと辛い仕事だ。ふたりは上司と部下の関係ではないが、アルドナの階級はヴワディスワフより遥かに高い。しかし、この吸血鬼はあまり保安官に相応しい真面目な性格を持っていない…


 「ヴワデク、夜にこんなに早く寝ないでね、わたくしと一緒に夜景を見て!」


 「私たちの種族は違うということを知っていますか?私は遅くても十二時に寝ないとだめです。馬車はあまり寝やすくないですけど。」


 「冷たいね!黒ルーシにも白ルーシにも広い未開発の森林があるので、夜景美しいぞ!」


 「未開発の土地がたくさんあるからこそ、野獣と魔物に遭いやすいでしょう?アルドナ様、気を付けてください。私たちは五人しかいません。車夫を除いて戦えるのは四人だけです。」


 「心配はいらん。わたくしは色んな兵器を携えておるから、森林と沼の奥に入らなきゃ、たとえ魔物が出て来ても倒してやろう。」


 「ひとりで大丈夫ならばいいです。何かあったら私を呼んでください。私はリングメールを着たまま寝ます。」


 リングメールはシャツの外に鋼鉄の輪が付いた鎧だ。防御力は普通だが、軽くて動きやすいタイプだ。長い時間着ても疲れない。


 ヴワディスワフに比べたら、アルドナの防具はもっと少ない。彼女は喉当て、籠手、脛当てを装備しているだけだ。


 「実を言えば、お前がいなかったら、国は反乱軍との戦争で重大な勝利を収められなかった。今、反乱軍は偶に国境線を超えて突撃してくる以外、もう三年間大規模な戦争行動がない。彼らが国内に置いた沢山のスパイもわたくしたちに片付けられた。」


 「褒めてくれてありがとうございます。私ははっきり反乱軍の真の姿を見ましたので、帝国政府に忠誠を尽そうと思っていました。」


 「多くの妖精とハーフは貪官汚吏のせいでハイヅチになったことを知っておるとはいえ、反乱軍の暴行に賛成できぬ。」


 「そうだね!ある反乱軍の成員は自由と平等ではなく、財宝と美女のために戦います!」


 ヴワディスワフは表面的にアルドナに賛成したが、心の中では「もし貪官汚吏という手本がいなかったら、奴隷たちは主人になるとどのように望む儘に振る舞うか、想像できないでしょう?」と考えている。


 闇血帝国では、中央国会に参加できる者は大半尊貴の家から出生した大貴族だ。つまり、吸血鬼とハーフだ。この下には地方貴族がいる。この階級では、吸血鬼は三割だけで、他はハーフ、クオーターと妖精だ。都市の市民と自由民では、吸血鬼も妖精も人類など種族がいる。底辺の奴隷は妖精と人類の捕虜だ。彼たちは国と貴族のために労役に服して、引越しも禁止される。もし自由を取り戻したければ、高額の身代金を払わないといけない。


 圧迫されたせいで、故郷から逃げた妖精やハーフや人類は全員「ハイヅチ」、「コザキ」と言われた。その意味は「ならず者」と「反乱者」という。彼たちは帝国に従わず、極東の荒蕪地で文明が発達しない妖精と人類の部族と住んでいる。大部のハイヅチは帝国を恨んでいるので、反抗軍を結成した。いつか貴族を故郷から追い出す機会を待っている。でも、少しのハイヅチは穏やかな日々を送りたいだけだから、軍事行動に参加しない。


 ハイヅチを捜査して反乱軍を制圧しても無駄だ。こういうならず者を「作る」のは平民ではなく貴族なのだから。黒ルーシ大公は賢明でも地方貴族に統治力が及ばない。それゆえ、大公はエウフェミアを扶植した。彼女にスルツク城を中心として国の西南部の貿易を司り、中央政府に充分の税金を集めることを頼んだ。


 「でもね、ある地方貴族は積極的に反乱軍を挑発した。そして、『安全の維持』を言い訳として中央に補助金を提供して傭兵を募集したり、砦を作ったりさせることを要求する。そうすれば、貴族たちは地方でもっと余裕があって威張り散らせる。」

アルドナはちょっと嘆いた。


 「大公国の東部の山林を占めたあるハイヅチは、もう活動範囲を決めました。貴族たちが領民を山奥で木を伐ったり動物を狩ったりさせない限り、反乱軍は迷惑をかけない。なのに、貴族たちは暗黙のルールを破壊しないなら機嫌が良くならないようですね!」


 「ハイヅチの構成員は複雑じゃけど、生活できぬ底辺の人民に過ぎない。わたくしたちのスルツクならば、経済も良いし、税収も公平だし、底辺の奴隷でも他の場所へ逃げて生活することはしない。驍勇無双の軍隊より、賢明で仁愛の深い官員は領民の反抗を解決できるのじゃ。」


 白ルーシと黒ルーシの北部と東部の辺境地には、所有者のいない広い山林と沼がある。そういう土地は名義上中央政府に属するが、管理の官員がひとりもいない。ある強欲の貴族たちはわざと所有者のいない地域に見張り台と砦を建設して領地を広めた。もし反乱軍の襲撃を招いたら中央に支援を要請する。


 保安官として、アルドナは民兵を率いて、他の町へ反乱軍との戦いを支援しに行ったことがある。彼女は赤、白、黒ルーシ大公国を遍歴した。でも、辺境の領主たちは自ら戦争を招いたのに、積極的に反乱軍を討つこともせず、ただ最も容易なやり方で領地を広めたいだけだ。彼女もエウフェミアもあれらの領主の本性を知っているが、彼たちと表面的に付き合って少ない民兵を参戦させないとだめだ。


 「はい、私も嬉しかったです。長い流亡の生活を過ごした後、やっとエウフェミア様に仕えてアルドナ様の戦友になりました。」


 でも、ヴワディスワフは自分が心にもないことを言っているのが分かる。


 「わたくしを信じて、ヴワデク!わたくしたちが共闘し続ければ、いつか貪官汚吏を片付け、平民たちを幸せに生活させることができる。」


 「貴女の幸せの定義は私のと違うかもしれない…」と若い妖精は考えているが、言い出せなかった。柔和に微笑んで答えただけだ。



 ヴワディスワフとアルドナが行く予定のヴィテブスクは、帝国北部の辺境にある重要な町だ。この町は住民数が二万ぐらいで、軍人が二千名だ。時々反乱軍と極東の蛮族部族に攻め込まれることがある上に、側の黒森林にも多くの魔物が潜伏しているせいで、町は二つの環状城壁に囲まれ、重型の銃が付き、魔法師と魔弓手が守る十の望楼が建てられてある。


 ヴィテブスクまでまだ二十分だが、視力が良いふたりの戦士にはもう遠くの城壁が見える。


 この都市は一年間、三分の一の時間氷雪に覆われ、周囲が糧食に乏しい、交通もよく中断される。そういう訳で住みにくい場所だと考えられる。しかし、日差しが怖いと感じる吸血鬼と半吸血鬼にとっては宝地だ。彼たちは魔法で遠くから沢山の石と煉瓦を運んできて、悪魔に腐蝕された傷跡がひどい黒森林の側に荘厳華麗な町を建設した。町は多くの同胞を集めた。その時、自分を証明したい司祭、ドルイド、レンジャーたちもヴィテブスクに来て森林を浄化した。おかけで市民たちは珍しい木材、毛皮、野獣の肉を採って、南方へ食物を交換できるようになった。


 前回ヴワディスワフがヴィテブスクに来るのは、もう十年前の出来事だ。


 あの時、彼は家族の仇を討つために、三人の仲間と平民を扮して町に入って、二人の「秋の雲」騎兵隊の軍官を暗殺した。ヴワディスワフと仲間たちは町で凄い騒ぎを起こして、百人の騎兵に追われたが、騎兵隊を山の村に引き、彼たちが歩いた時に狙って伏撃した。その結末、三分の二の騎兵を殲滅した。


 「光陰矢の如し。妖精族はせいぜい一千六百年まで生きられるから、時間の経ちにとても気にするわけがない。けど、私はそう感じた。これは私がずっと沢山の果たしてない任務を負ってるせいか?」


 その年にヴワディスワフの親族と友達を虐殺したやつらは、半分ぐらい彼に殺した。しかし、吸血鬼と半吸血鬼の元凶たちは平穏無事な生活を送っている上に、出世したやつもいる。ヴワディスワフはそんなことを思い浮かべた。


 しかも、捕虜を殺すと命令した将軍は一体誰なのか、彼はまだ確かめられない。あのくそやろうを特定して、決闘の形で自力で彼を片付けない限り、氷泉妖精族の栄光を取り戻れない。


 「後でまたラヨス市長に会うね…あの貪欲なやつ、彼と会いたいなら、プレゼントを用意しないと。密輸入事件を徹底的に解決したいが、市長の利益を減らすことになれば、彼に『補償金』を渡す必要がある。でなけりゃ、彼は決してわたくしを助けない。面倒くさい!」


 アルドナは心配事が重ねるようだ。彼女はヴィテブスクの市長であるラヨス――いつも利益しか見えない半吸血鬼の商人が嫌いだ。彼の本業は植物と動物の薬材の販売だった。昔から市民に寄付しているから、市長に選ばれた。でも、彼は職権濫用であちらこちら自分の商品を売り出す上に、大人しく税金を払わなかったということはみんなに周知されている。慈善家のふりをしながら法律を守らないという偽善者は少なくないが、その中でラヨスのように偉い官僚になれるのは狡いやつだけだ。


 ラヨスは信用できないからこそ、エウフェミアがヴワディスワフの身分を隠すと決めた。あの市長に裏の偵察を知らせないほうがいい。必要があれば、違法の手段を使っても大丈夫だと女城主は考えた。


 「もうすぐ検問所に。アルドナ様、通行証を取り出してください。」


 「問題なし。通行証は携えている。」


 「私の役はね、アルドナ様の僕です。もう僕の服を着て、リングメールを遮っておきました。またフードを被ったら完璧だ。」


 「ところで、ここに来たことある?」


 「ありますけど、今と違う偽装だったから、身分がバレるのを心配しないでください。」


 「それでよい。なるべく話さないで。お前の北部アクセントを聞くと、どこから来たかって知りたいやつもいるから。」

 

 「郊外の村はもう立て直した。新しい妖精が移入してきたか…」

 

 ヴワディスワヴは窓から頭を少し出して、野菜や小麦がたくさん植えてある田圃と石垣に囲まれた木造平屋を注視している。


 「そうじゃね。五年前、反乱軍によって焼き尽くされた村は蘇ってよかったわ。あの時の行動にも参加したの?」


 「いえ、私が所属していた反抗軍団体は攻城戦に参加したことがありません。」


 「そうか…あの時の反乱軍は凶悪で沢山の村民を焼き殺したから、参加しなくてよかったわ。いい子、いい子。」


 アルドナはヴワディスワヴを撫でている。まるで愛おしい猫を見るような目つきで。


ヴワディスワヴは嬉しいでも苦しいでもない冷静な表情を作って、話し続けた。


「反抗軍は様々なやつによって結成されましたから、勿論凶悪な犯人もいます。軍事作戦を行う時、暴れて平民を殺してしまうのは珍しくないです。でも、私はそういうことをやったことがありません。」


 ヴワディスワブと反抗軍の同僚たちは、正面からヴィテブスクを攻撃を試したことがない。この都市を占領して破壊したいなら、百名以上の強い魔法使いと千名以上の魔法がうまく使える戦士を集めないといけない。ヴワディスワヴたちはそういうことを知っている。


 つまり、大公国のレベルのエリート部隊にしかできないことだ。しかし、反乱軍の人員構成は玉石混淆だ。


 東の辺境にいる反抗軍たち(通称ハイーヅチ)は単一の指揮系統に従うのではない。偶に勢力圏を奪うために戦い合ったり、極東の先住民たちと衝突したりする。総合的に考えると、ハイーヅチは軍事上でも経済上でも闇血帝国の脅威とはなりえない。もしハイーヅチの人数が多くなければ、帝国政府は彼たちの存在を受け入れてもかまわないと思うだろう。その理由は、下流の人民は逃げ場がなければ、大規模で蜂起しやすいからだ。農奴と奴隷に対しては、帝国も彼たちを制御して翻弄できる対策を持っている。


 実は、沢山の奴隷と底辺の人民の願望は、帝国の統治から逃げることではない。逆に自分の社会的地位を上げて他の人民を搾取したい。例えば、公爵の農奴は主に気に入られ信任されたら、普通の農民より多くの財産が持てる。彼たちは自分の階層が高いと感じ、貧しい自由民を軽視する。社会の少数である吸血鬼は、厳格で格別な階級制度を用いて、妖精、ハーフと人類を制圧し続けている。


 「止まって!どこから来ましたか?通行証を持っていますか?」


 「わたくしはスルツク城の使者じゃ。ラヨス市長に用事があるよ~この通行証、エウフェミア様が発行したものじゃ。」


 二人の衛兵が慎重に通行証を見て、偽造の跡がないか確認している時、ヴワディスワフも細かく彼たちを観察している。


 今は朝七時、太陽は昇っているが、日差しが強くないから、吸血鬼は暫くは我慢できるが、遅くとも九時前には旅館に入らないといけない。

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