異世界スマホ召喚物語
夢月七海
異世界スマホ召喚物語
明かりのない部屋の中、一人の少年が魔方陣を前にして、ぶつぶつと呪文を唱えていた。
「――出でよ! 異世界の素晴らしき道具よ!」
詠唱が終わり、少年が両手を大きく上げると、魔法陣の中から突風が巻き起こり、周りには黒い靄が立ち込め、青白い稲妻が走った。
召喚が成功したに喜びながら少年は、魔法陣の真ん中に目を凝らしていた。靄が晴れた後、彼の視線の先にあったのは……黒くて薄い、長方形の板だった。
「なんだろう、これ?」
鉄製らしきその板を持ち上げてみると、ぱっと平べったい片面が明るくなった。驚いた少年はそれを落としかけてしまう。
明るくなった方の面を見ると、文字のようなものが浮かんでいるが、少年には読めない。これは、失敗なのかもしれないと、少年は落胆して、机の上に板を置き、もう一度呪文を唱え始めた。
しかし、今度は魔方陣がぼんやり光るだけで、先程のような劇的な変化が見られない。異世界とは繋がっているはずなのにどうしてと首を捻っている少年の後ろで、机の上からブーンと低い音がした。
少年は「うわあ!」と、思わず悲鳴をあげて、振り返る。謎の板が、細かく震えながら、机の上を滑っていた。恐々ともう一度それを持ち、明るくなった面をあちこち触ってみる。
『×□×□』
今度は、その板から人の声が聞こえた。少年は「ひゃー!」と情けない声と共に、その板を落としてしまう。
ガン! と酷い音が聞こえたが、まだ板の中から、知らない言葉が聞こえる。この相手と話してみようと少年は決意し、机の引き出しから言葉を翻訳してくれる水晶が付いたネックレスを首にかけ、板を手にした。
『おーい、聞こえるかー?』
「は、はい。聞こえます」
板の中から響くのは、年若い少年の声だった。相手は会話が出来たことに安堵した様子である。
『あー、良かった。突然、スマホの周りで風と雷が起きたかと思うと、消えてしまって……。びっくりしたけど、壊れてはないみたいだな』
「スマホ? これは、スマホというのですか?」
『あれ? スマホを知らないの?』
どうやら、相手はこの「スマホ」という道具の持ち主らしい。人の物を取ってしまったことに申し訳なさを感じつつ、少年はここが相手のいる世界とは全く異なる世界だと簡単に説明した。
加えて、少年の住む山中の小さな村には毎年盗賊が現れ、収穫物を奪い取っていく日が三日後に迫っていることも話す。彼は、盗賊の蛮行を食い止めるため、得意の召喚魔法でその対策を練っていた。
『それはすごいな!』
「い、いえ。盗賊は弱い魔法なら跳ね返せる盾を持っていて、僕はそれを破壊するほどの攻撃魔法を使えない上に、生物は召喚出来ないから、中途半端なもので抵抗するしかないんです……」
『そんな自分を卑下すんなよ。スマホがあるんだから、それを使って、盗賊どもをやっつけてやろうぜ!』
「は、はあ……」
相手の方が、想像よりも乗り気なのに、少年の方が戸惑っていた。このスマホを返してあげようと思っていたのに、この調子だとむしろ断られてしまいそうだ。
『……とはいえ、俺も、この子機だけじゃあ、スマホの使い方を詳しく教えられないしな……。明日、改めて電話するよ。あ、俺、ハヤトっていうんだ。君は?』
「僕は、マーレスと言います」
『そのスマホ、時々鳴ったり震えたりすると思うけれど、基本的に無視していいから。でも、数十秒以上鳴ってたら、俺からだから、取ってくれよ』
「あ、はい、分かりました」
内心、変なことになったなぁと思いながら、ハヤトにこのスマホの基本の使い方を教えてもらい、今日は会話を終えた。
◎
「スマホって、便利……だねぇ」
マーレスが危うく敬語になりそうだったのを途中で直しながら呟くと、スマホの中のハヤトは、『そうだろ、そうだろ』と、自らの手柄のように笑った。
スマホを召還した翌日、約束通りにハヤトは連絡を入れてきた。ただ、今度はお互いの姿を見せ合いながら話すという形である。
マーレスの村にあるのは、高価な水晶で、それは魔法を媒体に会話することしか出来ない。スマホは、それ以外の機能もあり、さらに大体一人一台持っているという。
ただ、こうして会話するには「電波」というものが必要で、それは、最初に用いた魔方陣が異世界と繋がっていないと届かない。ちなみに、今現在、ハヤトは母親に理由を付けて借りたスマホを用いている。
スマホの中で見るハヤトの部屋は、窓やベッドなど、マーレスも知っているものがあるが見たことも無くて使い方も分からないものも点在している。他に、後ろの壁には額縁に入った絵が掛けられていた。
初めて対面したハヤトは、思ったよりも幼い顔立ちをしていた。しかし、年齢を聞くと、マーレスよりも上だという。ただ、本人がそうして欲しいというので、マーレスはタメ口を心掛けていた。
そうして、ハヤトから手ほどきを受けながら、マーレスはスマホの使い方を教わり、実践してみる。スマホは、通話以外にも、手紙を送る、物事を調べる、目の前の光景を静止画や動画として写し取る、音楽を聴く、本を読む、計算をする、買い物をするなどのが出来るらしい。
しかし、こちらの世界ではそれら全ては使えず、マーレスはあちらの世界の言葉は読めないので、十分に使えない。加えて、これらを用いてどう盗賊を退けるのかが、全く分からなかった。
『思い切って、外へ出て、村人からアイディアを募集するのはどうだ?』
完全に行き詰った時、ハヤトからそう提案されて、マーレスは目の色を変えた。
「それは、ちょっと……。召喚魔法は、不気味だから変な目で見られるよ……」
『そうか』
おどおどとしたマーレスの態度に、ハヤトは真剣な顔で頷き、突然席を立った。スマホの前に戻ってきたハヤトは、額縁に入った絵を持っていた。青空の下、緑の丘の上に、桃色の花を咲かす木が立っている絵だった。
『これ、俺が書いたんだよ』
「え? そうなの?」
『絵の具の代わりに、色紙を千切って貼っているんだ。ただ、こういう手法は地味だから、馬鹿にされやすい。でも、この絵は大会で入賞したんだ』
「すごいね」
スマホに近付けられた、一枚一枚大きさの違う色紙の集まりを見て、マーレスは溜息交じりに称賛した。絵を横に置き直したハヤトは、照れくさそうに笑いながら続ける。
『だから、マーレスも、一回やってみようぜ。スマホを召還するっていう実績があるし、村のためを思っての行動だから、嫌がられる訳がない』
「うん……僕も、頑張ってみる」
マーレスは、スマホと魔方陣を持って机から立ち上がった。
◎
『大人気じゃねぇか』
スマホの中から、ハヤトの気の抜けた声がした。
見慣れぬものを持って村の広場に現れたマーレスを、村人たちは一斉に囲み、色々と質問攻めし始めたのだ。さらに、これが盗賊への対抗手段だということを知ると、その質問は称賛へと変わる。
そんな大人たちの合間を縫って、幼い女の子が一人、心配そうにマーレスの持つスマホを見上げて尋ねた。
「あの人、あんなところに閉じ込められて、大丈夫なの?」
「これは閉じ込めらているんじゃないんだよ。他の所にいる人とお話してるんだ」
『なんか訊かれたのか?』
村人たちの話す言葉が分からないハヤトが、当然の質問をする。マーレスが、この子が閉じ込められていると勘違いしていたと説明すると、突如ハヤトの顔が眩しく輝きだした。
『マーレス! いいこと思いついたぞ!』
◎
例年通り、その村に歩み寄ってきた盗賊たちは、すぐにその異変に気が付いた。
出入り口の内側に、村の大人たちがそれぞれ農具を持って集まっていた。その真ん中には、魔術師の恰好をした少年がいる。
「お前ら、今更抵抗する気になったのか?」
盗賊の頭が冷笑しながら村に入ろうとすると、真ん中の少年が、彼らの目の前に見慣れない黒い板を掲げた。盗賊たちは一瞬立ち止まり、注意深く様子を窺う。
「これ以上近寄らないでください。この男のようになりますよ」
少年は淡々と言い放ち、持っていた板を半回転させた。そうして見えたのは、板と同じ大きさに縮められて、必死に木で出来た壁を叩く一人の男だった。
『おい! ここから出せ!』
男が、必死にそう叫んでいるのが聞こえる。ふと、盗賊たちがぽかんと口を開けてそれを見ていることに気が付いた男は、こちらに近寄り、再び壁を殴りだした。
『頼む! 助けてくれ! ここから出られないんだ!』
「一体、どんな魔法を……」
呆然と呟く頭を、少年は口の端を持ち上げて嘲笑った。
「彼は忠告を無視して、こちらを攻撃してきたので、禁断の魔法で閉じ込めてしまいました」
『なあ! 誰か!』
「全く……うるさいですね……」
少年は顔を顰めると、板を上下に振った。中から「ぎゃあ!」という悲鳴が聞こえたと思うと、そこには誰もいなくなっていた。
「さあ、彼には時空の狭間に落ちてもらいました。次は、あなたたちの番ですよ」
少年が一歩足を踏み出したので、盗賊たちは尻尾を巻いて逃げていった。
◎
「ハヤト、もういいよ」
広場で、マーレスがスマホにそう呼びかけると、空っぽのクローゼットの中に、ひょっこりとハヤトが顔を出した。
『マーレス、ばっちりの演技だったな』
「ハヤトも、発音が完璧だったよ」
お互いに褒めあうと、周りの村人たちが歓声を上げた。
踊るように喜んでいる彼らの中から、村長が歩み寄り、マーレスに話しかけた。
『どうしたんだ?』
「村長が、お礼をしたいんだって。僕の召喚魔法を使って、何でも欲しいものを送るよ」
『あ、じゃあ、スマホ、返してくれないかな?』
多少言い出し辛そうにしている当然の頼みに、マーレスは吹き出してしまった。
『その前に、スマホに、マーレスたちやこの村の風景を、記憶してほしいんだ。いつまでも残るように』
「うん。いいよ。届いたら、それをもとに、絵を描いてくれないかな?」
『ああ、約束するよ』
スマホを持った二人は、顔を見つめて爽やかに笑い合った。
異世界スマホ召喚物語 夢月七海 @yumetuki-773
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