おとなりどうぞ
ざっと
白い猫
バイト先の同僚に好きなものを訊かれた。
馬鹿正直に「温泉が好きだ」と答えたら、
「若いくせにおじさんみたいだね。」
と言って笑われた。
失礼な事この上ない。好きなものは好きだし、そもそもこの立ち仕事ばかりの仕事の
レジ打ちに品出し、常に立ち、歩き、店中を
そんなところへ、温泉街という立地だ。あちこちに足湯や温泉、銭湯が
そして今日も大学からアルバイトへの流れを組んで、かれこれ半日は使われたであろう足の疲れを癒しに来たわけだ。
全身浸かれる銭湯にでも向かえばいいのだろうが、そこは貧乏学生。給料日前の寒い
安いスニーカーと
ふうう、と大きなため息を吐く。
げに、温泉の偉大なるや、だ。
ひとしきり落ち着いていると、駅前のロータリーを挟んだ向こう側から一匹の白猫がやって来た。
どこに焦点が合っているのか分からないすました顔をしているが、歩は真っすぐにしてこちらへ向かってくる。
階段を十数段ほど上った小高い場所に設えられたこの足湯の屋からは、白猫がロータリーを渡り切ったところで姿を見失ったが、一、二分ほどで、またぴょんと姿を見せた。
腰掛けに上ってきた猫は、それまでの歩みからうって変わって、抜き足差し足といったゆっくりした歩みに変わっていた。そして湯を眺めながら僕の隣までやってきて、そこに置かれた座布団に落ち着いた。
猫はおもむろにこちらを向くと、上目遣いに見ながら、
「こんな隣で良ければどうぞ。」
気付けば猫相手にそう言っていた。ふと思い返して周りに人がいないか慌てて見まわしたが、亥の刻に当たる今時分にそうそう人はいない。噂に聞く大都会東京でもあるまい。田舎であり、くわえて周囲に居酒屋も小売も
そんな僕を
匂いは問題なかったのだろうか。僕の十数寸先で、白猫は恐る恐る前足を湯に近付けていく。
その様子がどうにもおかしくて、思わず笑いを
「猫舌だけに、
と白猫に話しかけた。
猫は、「うるさい」とでも言うように、みゃあんと鳴いて、そそくさと来た道を夜の闇に溶けるように歩いていった。
その背中を見送っている
これでは、僕を笑った同僚
物の感じ方は、人
とはいえ、そう思った
そして願わくば、私の隣で、僕と同じ様にその足を温め癒して欲しい。そう思ってそれからも毎日入る入らぬを問わず、駅の足湯へと行くのだが、あの日の白猫には一向逢えない。
逢えぬ日が続いて一週間たったころから、毎日夢を見るようになった。彼の白猫の夢だ。
猫特有の喜色満然とした糸目を顔に貼り、このひと時が至福だと言わんばかりの顔で、僕の隣にぷかぷかと浮かぶ。僕はそれを、猫くんの顔真似をしながら、
「どうだ、気持ち
と話しかけている。
言葉は通じずとも、胸の
そんな夢を、毎日見るのだ。
おとなりどうぞ ざっと @zatto_8c
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