異世界電波探索

ちかえ

異世界電波探索

 目の前の子どもがキラキラした目をしながら私の手元を見ている。


 ため息を吐きたくなった。この後にするやりとりも予想出来ているからこそのため息だ。


 関わりたくない。なので無視して通り過ぎる事にする。

 だが、そんなに簡単に回避出来る物ではない。


「あの……」


 予想通り、子どもの隣にいた母親であろう若い女性が私を呼び止める。

 呼び止められるとつい足を止めてしまう。私の悪い癖だ。


「な、何でしょうか?」

「その魔道具はどこの店で売っているのでしょうか?」


 女性は私の手元のスマホを指差している。


「これは魔道具ではありません」


 本当の事を答えたのだが、女性は訝しげな目をする。この世界の人達にはスマホは魔道具に見えるのだ。きっと電気の存在を知らないのだろう。


 ここはやっぱり魔法のある異世界なのだと実感する。


***


 私がこの世界に迷い込んだのは今朝の事だ。


 今朝は何故かスマホの電波の様子がおかしかった。家のWi-Fiだけでなく、4Gまで繋がらないのだ。当然ネット接続のいらない一部のアプリ以外、私のスマホは使えない。

 どうしたものかと自室でいろいろとスマホをいじくって試しているうちにいつの間にか目の前の景色が変わっていたのだ。


 ここが『異世界』だという事は、占い師のような格好をした怪しげなおばあさんに教えてもらった。


 何が起こっているのか分からず戸惑っている私に突然話しかけて来たのが彼女なのだ。


 そのおばあさんによると、私が転移したのはスマホの電波のせいらしい。詳しい事を聞きたかったが、『魔法がなんたるか分からないあんたには理解出来ないよ』と言葉を濁されてしまったので、それ以上は分からなかった。


 ただ、細かい事は教えてもらえなかったが、帰るためにはスマホの電波をなんとかしてつなげればいいらしい。そうすれば自動的に元の場所に戻れるのだそうだ。ついでに元の世界でもきちんと電波が繋がるようになるそうだ。


 と、いうわけで、私は電波を求めて見知らぬ異世界の街の中をさまよっているのである。


 だが、見た事もない光る板を見ながら歩く見知らぬ格好をした女は目立つ。なので先ほどのように話しかけられてしまうのだ。


 少し前に話しかけてきた男をかわすのは大変だった。

 彼は魔法使いらしく、スマホの原理が気になると言ってなかなか離してくれなかったのだ。

 とりあえず、私にも今はほとんどの機能が使えない事、かろうじて出来るのはパズルゲームくらいだという事を画面を見せながら必死に説明して分かってもらった。彼がパズルゲームに興味なくてよかった。でなければ、電池が切れるまでゲームで遊ばれるなんて事もあり得たのだ。


 その事を思い出してぞっとする。スマホの電池が切れたら二度と家には帰れないのだ。


 なるべく電池は温存しなければならない。



***


 近くの大きな道はある程度歩いてしまった。ここはそこまで大きくない街のようだ。今は小道を歩いている。


 ただ、小道というものは時々とても入り組んでいる。おかげで、今、どこにいるのかスら分からない。ただ、大通りを歩いている時とは違って話しかけられる事は少なくなった。


 スマホを見る。電池の残量は35%。結構危険な状態だ。ほとんどつけっぱなしで歩いていたからだろう。それにしては良く持った方だと思う。


 ただ、だんだんとあたりが暗くなって来た。困ったな、と思っていると、遠くの空に数個の光の球が舞い始める。人魂かと思って怯えていたが、目の前を歩いて来た人が同じようなものを出したのでほっとする。きっとこれは異世界の街灯なのだ。


「お嬢ちゃん、こんな遅くに歩いてると危ないよ」


 男の人が話しかけて来たのでとっさにスマホを後ろ手に隠す。だが、彼は親切そうな表情で笑ってるだけだ。


「見た所、ここら辺の人ではないだろう。今の時期、そんなに宿屋は混んでないはずだからきっと泊まれるよ」


 案内してやろうか、と言われる。普通だったらその親切な申し出に頷いていただろう。


 でも、そういうわけにはいかないのだ。一晩泊まりでもしたらスマホの充電はきっと切れてしまう。そうしたら私はこの世界に一生閉じ込められるのだ。


 だから『大丈夫です。ありがとうございます』とだけ言って足早にその場を去った。歩いて行こうとした道の向こうにも人影があったので元来た道を歩く。


 なのに、なんだか人影がよく見える。その度に方向転換したり、別の道に入ったりするはめになってしまった。

 人影が見えなくなる所まで歩いてからほっと息を吐く。今、この異世界で人に会うのは怖い。


「あの……あなた大丈夫?」


 はぁはぁ、と息を吐いていると後ろから話しかけてくる声がする。私はついビクッとしてしまった。


「はい。大丈夫です」


 答えてからそちらを見る。親切そうな四十代くらいの女性がその場に立っていた。


 彼女は先ほどの男性との会話を偶然聞いてしまったという。それで話したい事があて私を追いかけて来たらしい。

 なんだか怖い。つい後ずさってしまう。何故か分からないが彼女の眼光が鋭い気がするのだ。


「あなたが宿に泊まらないのはお金がなくて泊まれないのではないかと思ったの。それで勝手な申し出で悪いけど、その魔道具を買い取ってあげましょうかと提案しようと思って」

「え?」


 わけが分からない。でも、彼女の指は私が持っているスマホに向いている。


「い、イヤです」

「だってその魔道具は不良品なんでしょう。街の人達の噂で聞いたのよ。私も魔法使いだから買い取って改良してあげるわ」


 そう言って手を差し出してくる。


 やだやだやだ。私のスマホ! 元の世界に帰るための砦を取り上げられるわけにはいかない。


「結構です! これは私のものです!」


 そう言いながら別の小道の方に後ずさりする。さっさと逃げないといけない。この人は危ない。


 舌打ちが聞こえる。なんだかそれは男の人のような……。


 細い道に逃げたのはまずかっただろうかと考えた時、スマホが通知音をたてた。慌てて画面を開く。


——利用可能なWi-Fiがあります。接続しますか?


「あ……」


 待ちに待った反応だ。それも家で使っているWi-Fiの名前だ。何でこれがこんな所に、と戸惑っている余裕はなかった。

 すぐにOKのボタンを押す。


「さっさとスマホをよこせぇ!」


 怒り狂ったような男の声が聞こえる。だんだんと目の前が薄くなって来た。



***


 間一髪で少女が帰還に成功したのを確認する。間に合ってよかったと安堵した。


 目の前にはもう少しのところで少女に、いや、逃げられた愚か者が変化を解き、大きな舌打ちをしている。


「この愚か者!」


 魔法の杖で彼の頭を一発殴る。


「いってえよ、ババア」

「それが実の親にいう言葉かい?」


 腕を組み、愚かな息子を見下ろす。


「いい加減に『すまほ』とやらに固執するのはおやめ!」

「でも母さん! あれがあれば! あれを魔法で改良すれば魔法の技術は格段に上がるんだ。マナの少ない人間でも魔法が使えるかもしれない。新作魔法の自動作成アプリだって作れるかもしれないだろ?」


 そんな事はわたしの知った事ではない。


「その魔法の技術の向上の為に異世界のものを召還するのはおやめ! 異世界にたよらなければ出来ない技術の向上ならばそんなものはいらないんだよ」


 きっぱりと言う。


 本当に今回の事は対処が大変だったのだ。息子より先にスマホの持ち主を探し出し、事情を説明する。そうして息子が感づくより先に、彼が呼び出して隠した『でんぱ』を探し出さなければいけなかった。それは夕方になる前に見つかったので、こっそりと『すまほ』の持ち主の少女を誘導したのだ。


 それがどんなに大変だったかこの馬鹿息子は分かっているのだろうか。大体わたしにはこの子が何故こんなに『すまほ』に固執するのかも理解出来ない。


「大体、電波を使えなくしたのにスマホを手放さないあの馬鹿女が……」


 息子はまだ馬鹿な事を言っている。


 杖を一振りすると息子の体が崩れ落ちた。


「この魔法すらも回避できないのに魔法の向上が聞いて呆れるよ」


 この子には後でたっぷりと罰を与えなければならない。そう思いながらわたしはぐったりとしている息子を肩に担ぎ上げた。

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異世界電波探索 ちかえ @ChikaeK

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