トラウマ克服アプリ

Re:over

トラウマ克服アプリ

 失恋の傷を癒せるのは新しい恋だけだ。布団の中で冬眠していても、カラオケで騒いでも、病院へ行っても治ることはない。


「やっぱ水谷可愛いよなー。お前もそう思わないか?」


 田中は読書している俺を覗き込むように聞いてきた。


「……興味ない」


 でも俺は、また失恋するのが怖くて、異性に興味を持たないようにしていた。自分の感情に嘘をつくのは苦しいが、失恋したらもっと苦しくなる。


「お前さ、もっと異性に興味持てよ。そんな塞ぎ込んでもいい事ないぞ。そうだ、最近、トラウマ克服するスマホのアプリがあって、効果絶大って言われてるぜ」


「ほっといてくれ」


 もっと楽観的な考えができればよかった。くだらないことで悩んでいる自覚はあるが、自分ではどうしようもない。一種のトラウマなのかもしれない。寝る前だとか、授業中のふとした瞬間にフラれたシーンが脳裏をよぎるのだ。


 どうしてフラれたのか考える。すると、自分の嫌いなところを一から十まで挙げてしまう。自分がどれだけ無能で、価値のない人間なのか改めて知る。


 自分に自信がなくなり、次の恋に行くための勇気がない。過去の失恋を引きずり続けている。


***


 スマホが鳴った。水谷からのメールだった。


『明日の委員会、忘れないように』


 そのメールだけで嬉しいと感じている自分がいる。そのメールを開くのでさえもったいないと思う。田中に自慢したいとさえ思った。でも、この気持ちは一時の気の迷いだと、絶対に後悔すると、自分に言い聞かせる。


 ただ一件メールが届いただけだ。どうってことはない。それに、忘れているかもしれないと思われているわけだから、水谷の俺に対する評価はあまり良くないはずだ。そんな人を気にしても意味がない。


 次の日、登校すると田中が物凄い勢いで近づいて来た。


「なぁなぁ、俺、彼女できた!」


「へぇ、そうか」


 実際のところめちゃくちゃ羨ましかった。そして、めちゃくちゃ悔しかった。でも、それを悟られる方が嫌だったので、表情一つ変えなかった。


「岸本も頑張れよ」


 田中は親指を立てて満面の笑みでそう言った。


「何を頑張るんだよ」


「いろいろさ。現実から目を背けてても何も変わらないからね」


 正論だが、これで田中の彼女が水谷でした、というオチだったら一生立ち直れない気がした。


 放課後になり、図書委員会の集まりへ向かった。すると、水谷が声をかけてきた。


「岸本くん。委員会の後空いてる?」


「はい、空いてますよ」


 そんなことを言われると、どうしても意識してしまう。想像は妄想に変わり、どんどん膨れてしまう。


「ちょっと話があるんだ」


 委員会の話なんてもうどうでもよくなった。心ここにあらず。話の内容が気になって仕方がなかった。


 ようやく委員会が終わり、靴箱前のピロティまで連れてこられた。


「その、傷ついたらごめんね」


「えっ?」


「いつも異性に興味なさそうなフリしてるくせに、私のことチラチラ見てくるの、正直言って、気持ち悪い」


 何と返せばいいのか分からなかった。気持ち悪いという言葉が耳から脳へと流れ、目の前が真っ暗になる。気持ち悪い。気持ち悪い。言葉に殴られる。気持ち悪い。気持ち悪い。言葉に呑み込まれる。


「これ、見て」


 スマホを突き出され、画面を見るとトラウマ克服アプリという文字があった。その項目の欄に『男性にチラチラ見られる』、克服方法の欄に『弱そうな男性に気持ち悪いと言う』とある。


「ありがとう。これですっきりした」


 俺はよく分からないまま、水谷は嬉しそうに去って行った。

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