ギャルと幼馴染
気まづい……。
家に着くと、美雨は先に帰っていた。ただいまもおかえりも、ただ一言も発していない。
美雨はベッドの中に潜っているし、何か話そうにも話せない状況だ。
しかし、オレは意地でも話しかけないと決めているので、放っておくことにした。
そうして、オレが寝ようとした時だった。
布団の中から曇った美雨の声がオレの耳の中に入ってきた。
「裕也なんて大っ嫌い」
わざとオレに聞こえるように言っているのか、不意に口から漏れてしまったのか。それは分からないが、オレは無視して、床で寝る。
「裕也なんて……うぅ……」
そこで、美雨はまだ泣いている事に気づいた。
オレはようやく口を開く。
「まだ泣いてんのか?」
「泣いてないし」
布団の中からすぐ返事が来る。
オレは泣いているか、泣いていないかを無視する。
「なあ、お前はなんで紫乃が嫌いなんだ?」
あからさま似、あの時嫌いになった目つきをしていたし、態度からも嫌いだと
分かる。オレはそれを問う。
「可愛いんだもん……」
そんな素直な感想が返ってきた。
可愛いから、ただそれだけの理由だったらしい。でも、美雨にとってはただそ
れだけの理由って訳ではない。
それを理解しているからこそ、オレはあまり口出しできなかった。
「そうか」
ただ短く、でも適当に返した返事ではない。それでも、オレは思っている事を
口にする事にした。
これを言ってどうなるかなど考えていない。ただ、言いたかった。
「──美雨も可愛いけどな」
言って気づいた。かなり恥ずかしい事を言っていると。しかし、その恥じらい
を吹き消すかのように──美雨がオレに飛び込んできた。
ドンッと床にオレの頭がぶつかるくらいの勢いで。
そして、オレの肩上に顔があるからか、そこら辺が濡れ出しているのが分か
る。おそらく美雨の大量の涙だろう。
床に覆い被さりながらも、美雨はぎゅーっとオレの事を力一杯抱き締めてく
る。
追い出さないで、と、そしてその奥には何でもするから、と、最初の頃を思い
出すかのような行動を美雨はとった。
それを肌で感じとってオレは、自然と安心させるように力強くではなく、丸め
込むかのように美雨を抱いた。
抱いた瞬間、更に美雨に力が入った。
「裕也は大っ嫌い。でも……」
次の言葉をしっかり言うためか、鼻を啜る。
そして、
「──好き」
告白ではない。ただこの言葉もさっきのオレと同じように、この場で言いたか
っただけ。そのような感じがする。
「オレは好きじゃないけどな」
「やっぱ嫌い」
そうして、そんな冗談を言い合うほど落ち着いたオレたちは、お互い離れ、い
つものように同じベッドで寝ることにした。
しかし──問題は解決していない。
紫乃はまだ──納得していない。
***
あれから一週間が過ぎた。
7月という猛暑の日々に耐え抜き、バスケの予選も負けずに来ている。
そんな部活では絶好調なのだが、最近になって落ち着いて生活ができなくなっている。
ギャルという爆弾を拾って匿うことになってから、もう2ヶ月が経とうとしている頃か。
その問題は今、解決に向かおうとしていた。
現在──、ギャルと清楚がオレの家で向かい合っている。
「この前はゴメンなさい」
「いいよ。私こそごめんね」
この前のような言い合いではなく、美雨は冷静に、紫乃は沈着に返している。
「お名前を聞いてもいい?」
美雨がそう切り替えす。
「
「紫乃……。あたしは
「うん」
「その、紫乃ってめちゃくちゃ可愛いじゃん? 整形した?」
おっと、急に失礼だな。最初褒めてて良いなと思っていたが、バカな所が出たらしい。
「してないけど、整形したって思うほど可愛いってことだよね?」
紫乃はポジティブに考える。確かに、声真似をしている人に、本人? と聞く
ように、整形した? という言葉には同じ意味合いがある。
「なんでそんなに可愛いのか良く分からないわ」
「恋する乙女はってやつだよ」
記憶に乏しいが、前もそんな事を言っていた気がする。
「まあ──そんなことより」
そして、紫乃がそう前置きをして、本題に入ろうとする。
いつまでも、美雨は可愛いとか、綺麗だねとか媚び売っているばっかで、本題
に入れなかったが、無理矢理でも紫乃は本題に切り替えるようだ。
言いづらそうにもせず、ハッキリと口にする。
「──いつまでゆうくんに匿ってもらうつもりなの?」
紫乃はその部分に触れた。
オレにとっても大事な部分。美雨にとっても大事な部分。この場にいる全員にとって大事な所だ。
美雨は話を変えずに、正面からしっかりと向き合った。
紫乃の瞳を見つめ、答える。
「分からない」
バカにしている訳ではなさそうだ。顔そのものは真剣な表情をしている。
自分でも、いつまでオレに匿ってもらうつもりなのか考えていなかったのだろ
う。
実際オレは、バイトさえすればずっと匿わせてやると言った。
オレにとっても、お金はバイト代、泊まり代として家事をやらせているから、
オレにとっては得なのだ。
しかし、考えはいつでも変わる。
バイトが忙しくて、家事が疎かになれば美雨はいらなくなる。と言ったよう
に、状況が変われば、思考も変わるのだ。
人生、何があるか分からない。
「今決めて欲しいの」
しかし、紫乃は今、ここで決めろと言う。
ある種、帰る家のない美雨にとっては、拷問に近いほどの言葉を向けられてい
るだろう。
帰る家がないのに、出ていく前提。出ていけば、新しい家を探す旅に出る事に
なる。
今回は、レイプされそうになっている所を助けたというきっかけがあるが、そ
う簡単にきっかけは生まれない。
そこら辺のオジさん1人づつ声をかければ、その内見つかるかもしれないが、
流石のオレもそれだけはさせない。危険すぎる。
だが、オレは紫乃の味方。別に紫乃の言い分に口を挟む事はない。
「今は……決めれないわ」
美雨も出ていく事は考えたくないのか、今は決めれないと言う。
美雨の気持ちも分かるし、紫乃の気持ちも分かる。
だが、そう簡単に美雨の気持ちを分かるとは言えない。
帰る家がない立場になったらオレはどうするだろうか。美雨の立場になってみ
ただけで、心が病む。
一番頼りにしたい親は無理で、少しの間泊まらせてくれていた友達にも、もう
頼ることができない。
そんな状況になったら、オレは間違いなく“死にたい”と思ってしまうだろう。
こんなギャルで、しかも女子。夜道を歩けばオッサン達が群がって獲物を見つ
けたかのように襲ってくる。
それでオレがあの時助けなかったら? 精神的にもズタボロにされ、肉体的に
もズタボロにされる。
そうやって考えると、美雨にとってオレは救世主になのか。
「生活保護を受けるのも手段だと思うよ」
生活保護。あまり家庭の事情を知らないからどうかは分からないが、それも手
段ではある。
それを受ければ、暗く染まった美雨の環境も、光に変わる可能性だってある。
必要最低限の暮らしを営めるし、美雨にとっては住む家さえあればいいと思って
いるならそれを受けた方が良いと言える。
だが、
「それはできないと思う」
紫乃の提案はすぐに打ち消された。
理由は尋ねずに、紫乃はまた新たな提案をぶつける。
「新しく匿ってくれそうな人を私たちが見つけるのはどう?」
これは難しい提案だな。
美雨はまだ未成年。法律を守らないならオッサン達に頼ればいいが、やはり危
険。頼るのはオレ達の学校の人に限られる。
しかし、オレと紫乃は交友関係があまり広くない。厳しいな。
「それはあたしも嬉しいんだけど、現実的じゃないでしょ」
美雨の言う通りだ。現実的じゃない。
と、そこで、紫乃は良い案が思いついたのか、「あ」と声をあげる。
そして──
「──交互にゆうくんの家に泊まるのはどうかな?」
「交互に、……泊まる?」
良く分からないといった表情だ。
オレには分かる。つまり、、紫乃がオレの家に泊まる時は、美雨は紫乃の家に
泊まってといったように、それを交互に繰り返すということだろう。
だが、それはあまりにも面倒臭い。それを紫乃は理解して言っているのだろう
か。
「私もそれなら納得いくんだけど……。ゆうくんはどう思う?」
「別にオレは紫乃が納得いくなら任せるけど」
紫乃が納得いくようなら、オレから口出しすることはない。
「ああ、そういうことね」
美雨も、少し思案してから理解したようだ。
「それならまあ、あたしもいいけど」
びっくりだ。断ると思っていたが、どうやら美雨はそれでいいらしい。
「じゃあ決定ね」
紫乃は何でこんな継続できそうにない事を提案したんだろうか。
ただ一時的にでも良いから、紫乃がオレと一緒に住みたいという理由だったら
理解できる。
まあそれはないだろう。
「分かったわ。一週間交代って感じ?」
「うん。それでいいかな」
オレは第三者として聞いていた側だが、上手く丸まったようだ。
また言い合いにならなかったのは、美雨が文句を言わなくなったこと、か。い
つもなら、紫乃の提案に強気な態度で「何よそれ」と文句を言っているだろう
が、今はしっかりと考えてから「それはできない」と丁寧に返している。
成長したな。
「じゃあ、今日は解散するか。明日部活なんだ。早く寝たい」
「ごめんね、ゆうくん。迷惑いっぱいかけちゃった」
「気にするな。別に何とも思ってない」
「やっぱりゆうくんは優しいね。本当に……優しい」
「そうよね。裕也って無駄に優しいとこあるわよね」
そうして、美雨と紫乃の問題は解決した。
これからの生活、何かが変わることは事実だが、オレは部活に集中して暮らし
いこう。
紫乃がオレの家に泊まろうが、美雨がいなくなろうが、オレにはあまり関係な
い。
まあ、どうせこの条件も自然となくなるだろう。
そうして、それを続けていた時だった。
──美雨から警察に捕まった、と連絡が来た。
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