ギャルとの遭遇後

「……お前なんでいるんだよ……」


「……暇だったからよ……」


「……どっか行ってくれないか……?」


「イヤよ。その女誰か説明するまで帰らない」


 吐息のかかる距離で、耳打ちを交互にしながら話をしていたが、急に声が大きくなった。


 オレと一緒にいた紫乃の存在が気になってしょうがないらしい。


 何やら言い合いが起きそうで不安でしかない。


「ちょっとあんた」


 オレの気持ちも知らずに、美雨は紫乃に詰め寄る。


 しかし、いつもは清楚の紫乃が、警戒心を抱いているような目つきをして言い

返した。


「私は、ゆうくんの幼馴染ですっ」


 そう紫乃が言うと、ほんと? と、言いたげな表情を美雨はオレに見せてくる。


 オレはこくんと頷き、返事をした。


「あたしは……あたしは──」


 そこで、美雨は口を詰まらせた。そして、数秒して美雨は口を開く。


「あたしは──裕也と一緒に住んでるギャルだから!」


 紫乃の、幼馴染という枠を、一緒に住んでるギャルという言葉で言い返したの

だろう。


 全くもって反抗できていないような気がするが、言葉が詰まったのも、自分の

立ち位置が曖昧だったからだろう。


 匿ってもらってるギャルと言うのか、一緒に住んでるギャルと言うのでは、天

と地の差があるほど意味合いが違ってくる。


 そうして、その美雨の言葉に、紫乃は眉をピクリと動かしてから、もの凄い振り返り速度でオレの事を見てきた。


 オレはうんうん、と少し遠慮気味に頷く。信用されている分、紫乃には嘘を吐けない。


「ゆうくん……」


 怒りのこもった表情と、嫉妬が混ざった表情。


 これは理由を一から説明しなければならないようだ。紫乃も理由を説明すれば納得してくれるだろう。


 紫乃にとって、一番頼りになるのはオレ。大事に思っているのもオレ。大切に

思っているのもオレ。


 頼りにされて、大事にされて、大切にされているから分かる。


 それを身も知らぬ、派手な見た目のギャルが一緒に住んでいると聞かされて、

はいそうですかと納得する人はいないだろう。いるとしても紫乃の場合は、友達

も少ない、異性の友達も少ないので絶対に納得いかないのは確実である。


 ──隠し通す、というのは、オレにはできなかった。


 そうして、一番知られたくない、知られちゃいけない人物に美雨の存在がバレ

てしまった。


 とりあえず、落ち着いて紫乃に事情を説明することにした。

 

***


「そういうこと……」


 紫乃は落ち着いて、オレの説明に口を挟むことなく聞いてくれた。


 そして、全部話終えると、紫乃は──


「──なら、しょうがないね」


 その女と距離をとってとも言わず、ならしょうがないと、ギャルの美雨を受け止

めてくれた。


 しかし、言葉ではそう言っているが、顔には不安の表情が浮かんでいる。受け

止めたいが、受け止めたくない感じだ。


「オレがアイツと一緒に住んでるのがイヤか?」


「うん……イヤだ……」 


 紫乃は素直に言う。


「まあ……そうだよな」


 家にギャルが住んでいるのが心配なのだろう。


 納得してもらうための策を思いつければいいが、全く思いつかない。どうしたものか。


「あんたは……その、結構仲良いの?」 


 すると、美雨がオレたちの会話に割って入ってきた。


 そして、紫乃は美雨の質問に答える。


「私とゆうくんは子供の頃からずっと一緒にいるから。あなたより絶対仲良い

よ」


 そこは譲りません、と言いたげな言い方をする。


「へぇー」


 その返事に美雨はピクリと眉が動く。


「でも、私は最近毎日ずっと一緒に寝てるけど?」


 今度は紫乃の眉がピクリと反応する。


「へぇー? 私はゆうくんとお風呂一緒に入ったことあるし!」


 口調が中学の頃に戻っているぞ、紫乃。


「ふーん……あたしはご飯一緒に食べてるし」

「へー、私はゆうくんと旅行だって行ったことあるんだけど?」


「ふ、ふーん、あたしはご飯……一緒に食べてるし?」


 少しづつ、美雨の声音が弱くなっていく。


「へー、私はゆうくんとキスしたことあるし!」


 それは初耳だ。覚えていないということは、小さい頃にしたのだろう。

 そして──ついに、美雨は言い返せなくなった。


「ふ、ふーん?」


 思い出の量では紫乃の方が圧倒的に上回る。


 思い出話の言い合いみたいなこの状況では、紫乃の勝ちだ。


「あれ? 他にないの? もしかしてそんだけ?」


 口調が……。中学校の頃を思い出しそうだ。この感じ懐かしい。


「げっ。あんたってそんな人なんだ」


「なに、そんな人って。あなたよりマシだから」


 美雨も、急な口調と声音の変化に少し驚いているようだが、流石ギャルという

べきか、そんな紫乃に一歩も引かない。


 そして──


「やっぱり納得できない! こんなギャルと一緒に住むなんてイヤだ!」


 まあ、そうなるよな。2人の会話を静かに聞きながらどうなるかは分かってい

た。


 止めなかったのは、黙って! とどうせ2人から言われるからだ。


 女子の言い合いは静かに見ていた方がいいらしいしな。


 まあ、そんなことより──


「ゆうくん聞いてんの?」


「ああ、分かってる」

 

 もう紫乃を納得できないのは確定してしまった。


 この場に美雨さえ現れなければ……。はぁため息が出そうだ。気分屋のオレに

とって、こんな面倒臭いことはゴメンだ。適当でいいからもうどうにかしようと

思ってしまった。


「美雨、あまり調子に乗るなよ」


 面倒臭さから苛立ちが込み上がってきて、いつもより強めな口調で言ってしま


 すると、紫乃はいつもの清楚な雰囲気に戻り、美雨は焦り顔が目に見えて分か

るようになった。


「オレは美雨なんか住ませたくて住ませてるんじゃないんだよ。しょうがないか

ら一緒に住んでるんだ。そこ勘違いすんなよ、美雨。いつでも追い出せるんだか

らな」


「…………」


 美雨の顔から涙が溢れる。。まだ頬を伝っていないのは、頑張って泣かないよ

うに堪えているからだろう。 


 オレは続けて言う。


「あまり調子に乗られても困る。お前に文句を言う権利はないんだ。紫乃にそんな態度を取るようならオレはお前を追い出すぞ。言っておくけど、オレは紫乃の味

方だ。紫乃が追い出してって言えば、オレはお前を追い出す。絶対だ」


 こんな態度を取られれば、そう思うのも自然だ。ギャルだからと言って許され

る態度じゃない。遭遇して初対面の人に、あんた誰なんか信じられない。


「…………」


 そして、今度は美雨の目から涙が頬を伝っていく。堪えられなかったようだ。

服で涙を拭いているようだが、あまりの量に抑えきれていない。


「分かったか? 美雨。オレはお前を匿っている側。お前はオレに匿ってもらっ

てる側。その立場は変わらない。お前は大人しくしていればいいんだ。余計な警

戒とか態度は取らないでいい」


 そして、黙っていた美雨の口が開く。


「分かってるわよ……。分かってるけど……」


 それでも何か言いたいことがあるらしい。本当にため息が出そうだ。心の中で

そのため息を抑えてからオレはまた口を開く。


「まあ、お前は匿ってもらえる側、それだけ理解してくれ」


 オレは美雨の言い分を聞かずに──紫乃とまた歩き出す。


 オレと紫乃は今遊んでいる途中だ。余計な人物と出くわしたが、久しぶりの紫乃との遊びを邪魔されたくない。


 オレは今でも泣いている美雨を置いて、紫乃の手をとって足を動かした。


 後ろから「……ずるいわよ」と聞こえた気がしたが、人混みがある所へオレたちは入ったのでその美雨の声は消された。


 せっかくの部活休み、せっかくの紫乃との遊びが台無しになった1日だった。


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