イカスマホウ

鈴木怜

イカスマホウ

「ねえ、マイバディ。この世界がゲームだって言われたら、あなたは信じる?」


 いつものように戦闘訓練に付き合ってくれた先輩は、その帰り道、私に向けて荒唐無稽なことを言ってきた。


「ゲーム、ですか? ……お姉さま、さすがにそれはないかと」


 私は、先輩の話の突拍子のなさにそんなことしか返せなかった。


「でも、それが事実かもしれないの。マイバディ、この世界の現状を今一度言ってくださる?」

「……? はい、我々人類は、歴史が残る前から、正体不明の敵と戦ってきました。便宜上、アンノウンとよばれるそれらは、人類の平穏を常に脅かしてきました。今ではこの大陸以外に人類の生存圏は存在しないと考えられています」

「ええ、その通りです」


 お姉さまに褒められたこともあって、私の声色が少し明るくなる。


「ですが近年、普遍式アンノウン殲滅法と呼べる技術が開発されました。魔法、と名付けられたそれらの扱い方は若者が一番理解しやすかったため、私たち魔法少女が誕生。姉妹バディ制度システムで二人一組となり日々アンノウンを排除しています」

「……完璧ですね」


 先輩の驚いたような声が、私は嬉しかった。一人だったら小躍りしていたかもしれない。


「ありがたいお言葉です」

「──そして、魔法の技術革新を起こすために日々研究がされている、というのもご存知ですね?」

「はい」

「問題はそこなんですよ」

「そこ、ですか?」

「技術革新によって私たちは強くなりました。ですが、戦う敵もほとんど同じ時期に強くなっていませんか? ……まるで、ゲームのインフレのようです」


 私の体が凍りついた。確かに過去に相対した敵と今の私たちが戦えば無双すらできるかもしれない。


「私たちが強くなった、で済ませないんですね」

「ああいえ、そこは否定するつもりはありませんよ。ただ、技術革新がなければ絶対に倒せない敵が出てきているのが問題なの。だって、アンノウンからしたら過去の私たちとその敵と戦わせるだけで勝てるかもしれないのよ? どこかおかしくない? まるで私たちが死んでは困るとでも思っているみたいじゃない」


 きな臭い理論ではある。でも私には、それがどことなく真実味を帯びているように感じた。

 ──技術革新とはいうものの、そんな魔法の研究を行う部署の存在を聞いたことがなかったからだ。

 もし、ゲームのように運営がいたとして、技術革新が起こるのは? 遊ぶ人を放さないためだ。もし、ゲームのように運営がいたとして、ときどき見たこともない戦法でアンノウンを屠る人間が現れるのは? コラボしていたからなのかもしれない。ときおり異常発生するアンノウンがいるのは? もしかしたらイベント中だったのかもしれない。

 頭の中で疑問が浮かんでは引っ掛かり、解けては消える。とりとめのない疑問のはずだ。でもそれらすべてが、買いきりではないようなゲームの要素として解決できてしまうのは怖かった。


「……お姉さま。もし、もしですよ。アンノウンが全滅したら、この世界はどうなるんですかね」

「想像もつかないわ。ただゲームなら、それはエンディングだ。そこから先は、ないのかも」

「じゃあこの世界は、終わる……?」


 推測の域を出ない。しかし、敵が本当は世界を守らんとしているのなら、魔法少女わたしたちの存在は、一体何だというのだろう。


 すっかり足取りも重くなった私たちは、そのまま雨に打たれてしまった。びしょ濡れの魔法少女二人、どうすることが正解なのかを知らないまま。


「もし、もしの話だけど」


 先輩が口を開いた。


「この世界を生かす魔法があるのなら、それは私たちで起動したいものね、マイバディ」

「……はい」


 真実は全くわからない。でも、お姉さまとの時間は、絶対に手放したくないと、私は思い、先輩のずぶ濡れの腕を抱き寄せた。

 急激な技術革新インフレを、恐れながら。

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イカスマホウ 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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