第6話 鬼畜剣
えらい目におうた――と、悪童のひとりが頭の雪を落とした。
「ほんまやで」
悪童らが、村の中心にある井戸の周りでほうほうの体で息をつく。
山南の術により作り出された小さな雪人形から逃げて、村に戻った時には、すでに陽は傾き始めていた。
「なぁ、あれ――何やったんやろな?」
絞り出すようにして、蒼白い顔をした童が呟く。
「はん。狐巫女の娘やから、なんぞ妖しの術でも使ぅたんと違うん?」
そう言うと互いの顔を見渡し、青ざめた顔で身を震わせた。
「や、やかましいわ! そんな阿呆なことあって、たまるかい」
声を荒げる餓鬼大将だが、虚勢を張ってみたところで震えは隠しきれなかった。
「もうええわ。止めや止め。今日はもうお終いじゃ」
気を取り直し、餓鬼大将が立ち上がる。
「なぁ……それより――村ン中、なんかえらく静かやあらへん?」
と、軒並を眺めていた童が、ぽつりと呟いた。
先ほど、一番初めに雪人形の洗礼を受けた童だ。
「――もしかして……さっきのアレが、村まで追いかけて……」
「おまん、止めやぁ……」
「ほんまに、止めよ。シャレに聞こえん」
悪童らの顔に、乾いた笑いが浮かぶ。
「でも、なんや静かすぎるんとちがうか?」
その言葉に、餓鬼大将が腰を上げた。
いつもならこの今時分、村の女衆は夕餉の支度がてら、井戸端会議が常の日課である。
無論、悪童らの母親たちも、その中に必ずいる。そうでなくとも、井戸の周囲に人がいないなど、雨の日でもない限りありえない。
それに向かいの家からも、話し声はおろか、人の息遣い――気配すら感じられなかった。
いつもと明らかに雰囲気の違う状況に、悪童らも不安を隠せなかった。
すると、ひとりの悪童が、向かいの家の引き戸が、半分ほど開かれているのに気が付いた。
「お、おい――」
悪童らは互いに顔を見合わせた。
雪は降っていないとはいえ、この寒空である。陽が傾きはじめれば急速に気温は下がっていく。中に人がいれば、戸を閉め忘れるなどあり得ることではない。
そのくらいのことは童でも理解できる。
落ち着いて、よくよく周囲を見渡せば、中途半端に戸が開いているばかりか、全開に開け放してある家すらある。
それも一軒二軒ではない。
まるで村のみんなが慌てて、どこかへ行ってしまったかの有様である。
これはただ事ではない。
村でなにか一大事が起きたのではないかと、悪童らは無意識に身を寄せ合い、不安に身を固くする。
その時――
「おはんら、巫女を知っちょっとか?」
突然、抑揚のない、氷のような声が悪童らを貫いた。
「ひっ!」
血の温もりを感じさせぬその声に、悪童らが一瞬で凍りついた。
どこから現れたのだろうか。
童らの視界を覆い隠すように黒い影が立っていた。
黒い深編み笠を被り、手甲脚絆の旅姿をした、見るからに屈強そうな男たちが五人。
いずれの男からも固く冷たい、鉄の塊の如き剣呑さが身の内から滲みだしているのが分かる。
それがいつの間にか、井戸を背にした童らを取り囲むように立っていたのだ。
編み笠のせいで表情は見えない。
だが腰に差した大小の威圧感は、寒村に暮らす童らを竦み上がらせるには充分だった。
なにより、先頭に立つ侍の手には抜き放たれた剣が握られていた。それは童らでも充分に分かる、死を直感させる鈍い光を放っていた。
「し、ししししししし――知らん!」
寒さゆえか、恐怖からか。震えで歯の根が合わぬにも拘らず虚勢を張ってみせたのは、まがりなりにも餓鬼大将を自負する矜持だったのだろう。
子供にしては一際大きな身体を震わせながらも立ち上がり、気丈に声を張り上げた。
「こん
ほんの僅か。嘲笑を含んだ声に、微かな温度が生じたようだった。
その声に微かに温度が生まれた。
「じゃっどん、嘘はいかん」
だが一転。声は再び冷たさを取り戻すと、
びゅん―――と、声の主は、飛沫でも掃うように剣を振った。
ごん。
と、井戸の淵に、なにか重いものが当たった。
ぼちゃん――
一瞬遅れて、大きな石でも投げこんだような水音が響いたのと、悪童らの頭に生臭く温かな湯が降り注いだのは同時だった。
「――――あっ……」
童らの視界が真紅に染まった。
いつの間にか、侍らの前に立っていた餓鬼大将の身体が小さくなっていた。
否。そうではない。
大人にも負けぬ体躯をした、餓鬼大将の首から上が無かった。
つまり首から上を失った分、身体が小さくなったのだ。
その代り、失った首から噴き出した生温かい液体が、童らの視界を真紅に染め上げていた。
なにが起こったのか理解出来ず童たちは、ただ茫然と立ち尽くした。
ぴゅん――
侍がいま一度剣を振るうと、雪の上に紅い染みが点々と走った。
どさり――と、首を失った童の身体が倒れた。
「――ぁ……あぁ……」
がちがちと歯が鳴る。
残された四人、誰もが皆、腰を抜かし小刻みに身体を震わせている。
目玉が零れ落ちそうなほど眼を見開き、口からは呆けたように涎が糸を引く。
小便が褌を濡らしていることにも気が付かない。それが尻の下の雪を溶かし、湯気を上げ黄色い染みを広げていく。
悲鳴を上げることが出来たならば、或いは張って逃げることも出来たかもしれない。
だが、残された童らは糸の切れた人形のように、呆けるしかできなかった。
「こいもお役目じゃ。おまんらの親御らぁも、先に行って待っちょる。往生しちょくれや」
二人を斬った男が童らに背を向ける。
すると、それと入れ替わるように、後ろに居た四人が一斉に剣を抜いた。
「涅槃で、新しか村でん作ってくれや」
背を向ける編み笠の奥で、冷たい眼が微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます