いつまで経っても君に

微糖

いつまで経っても君に

スマホをいじる。メッセージを確認するが、何も来ていない。知ってる。ここのところ誰とも連絡は取っていなかったし、急に連絡してくるような友達はいない。それでも確認してしまうのは、もはやただの癖。


チリンチリンと音がして、店員のいらっしゃいませという声が聞こえてくる。朝早くからよくくるなと口の中で舌打ちをする。他に客がいないからわざわざこの時間に来ているのに。いや、ただの八つ当たりなのはわかってる。


窓の外を眺める。雨が降っている。別に雨は嫌いじゃない。むしろ好きだ。なんとなく、いつも見ている世界じゃないような気がして、違う世界に飛ばされたように思えるから。


店員がコーヒーを持ってくる。愛想良さげに振る舞うその姿がなんだか羨ましくなって、軽く頭を下げそれを受け取る。


ブラックコーヒーは好きなのだが、店によって味が違いすぎて、基本的にはミルクを入れるようにしている。だがここのコーヒーは美味いからブラックで飲む。


一口味わって、コップを置く。ただゆっくりとしているだけの時間が、どうしようも無く心地よい。


またチリンチリンと音がして、店員の声が聞こえる。そして客の若いカップルが、自分からほど近い席に座る。


思わず顔をしかめてしまう。頼むから他所に行ってくれ、ここはお前らのくる場所じゃないと頭の中で罵倒する。


カップルは楽しげに、明日は記念日だね。どこ行こうかなどと会話している。


どうせ長くは続かない。あとひと月もすればお互いの気持ちは冷め、別れるんだろう。心の中でストーリーを想像し、溜飲を下げる。ああいうラブラブそうなカップルはすぐ別れると相場は決まっている。


くくくと僅かに含み笑いを浮かべていると、去年の記念日はハワイ行ったから、今年はグアムかななどと聴こえてくる。ちらりとそちらを見ると、左手の薬指には指輪が光っていた。


気分が悪くなる。何で安らぎに来た先でこんなものを見せられなければならないのか。世の中の理不尽さには本当に嫌気がさす。


カップルの楽しげな会話が耳に入らないようにイヤホンを繋げて曲をかける。少し昔のバラード。恋愛ソングだ。


カップルに嫌悪しながらも、自分は恋愛ソングを聞く。あまりの矛盾に乾いた笑いが出てくる。滑稽に過ぎるなと自嘲する。


スマホのメッセージアプリを開く。スクロールしていき、トーク画面を開いた。


最後のメッセージは「わかった」という自分が送った言葉。上にスクロールしていく。ずっとずっと。


「大好きだよ」「ずっと一緒にいたいな」そんな言葉が羅列されているその画面を見て、思わず唇を噛み締める。ここは店の中だ。恥ずかしい真似はできない。


込み上げるものを無理やりに押さえ込んで、トーク画面を閉じる。そのやりとりの最後の日付は2年前。


やりとりの相手は「相川奈々(旧姓佐々木)」となっていた。そうなっていたのは昨日の夜。


外を見る。雨はまだ降り続いている。いつも見ている世界がどうしようもなく変わってしまって、自分だけ別の世界に行ってしまったみたいだ。


雨は好きだ。見ていると全てが洗い流されていくようで。見たくないものを全て覆い隠してしまうようで。僕の心の代弁者のようで。


イヤホンから流れてくるバラードの後ろから僅かに聴こえてくる雨音を感じ、僕はゆっくりと目を閉じた。

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いつまで経っても君に 微糖 @shinokanatsu

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