NK国からのメール

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 孫に勧められてスマホを購入してみたものの、使うのは電話とメールのみで“携帯電話”と変わりがなかった。

「でもガラケーはもうじき無くなってしまうんだから、どっちみちスマホになるんだよ」

 愚痴るたびに孫はこう応えながら笑うのだった。

 着メロがなった。

「珍しい、メールだわ」

 彼女の友人、知人たちも“携帯電話”時代から進歩せず、使うのは電話が中心で時々メールを寄越す程度だった。

「誰だろう」

 スマホを手にし画面を見た彼女は驚いた。

  達城明浩

 彼女の弟の名前だった。

「ありえない、悪戯だろうか‥」

 達城明浩は現在“行方不明”だ。北朝鮮にいるはずだが、数年前から音信不通になってしまった。

 固定電話でさえ全家庭に普及していないといわれているかの国でスマホなんて‥。それに弟は自分のメルアドなど知っているわけがない。

 だが、彼女は気になり、とにかくメールに目を通すことにした。

『姉さん、お久しぶりです。突然のメールに驚かれたことでしょう。

 先日、中国人の商人からスマホを買いました。意外と思われるかも知れませんが、ここ共和国でも最近スマホが出回り始めました。孫が欲しがったので、伝手を頼って手に入れたのです。その際、この中国人は“これは朝鮮製でないので外国とも通信が出来る”と言うではないですか。そこで、こうして姉さんにメールを送ったのです。

 さて、添付の写真ですが最近知り合った日本人の友人と撮ったものです。彼は山川里夫と言う名前で埼玉県〇〇市xx町1-1-1に住んでいたそうです。‥』

 添付写真には弟と山川里夫という初老の男性が並んでいた。

 これは一体どういうことなのだろうか。イタズラにしては手がこんでいる。

 彼女はメールを閉じると北朝鮮帰還家族会の会長に電話を掛けた。

「鈴木さん、どうしましたか?」

 会長はいつものように穏やかに問いかけた。

 彼女はメールの件を説明した。

「分かりました。そのメールを転送して下さい」

 彼女は電話を切り、すぐにメールを転送した。

 暫くして会長から電話が来た。

「さっきのメールですがサーバーをいくつも経由して出処は判明出来ませんでした」

「そうですか‥」

「ただ山川里夫さんについてはすぐにわかりました。メールに記載されていた住所のアパートに確かに住んでいました。今から40年前に突然いなって当時騒ぎになったらしいですよ。で、今、山川さんの親族を探しているところです」

「山川さんという人も拉致されたのでしょうか?」

「分かりません、彼が北にいる経緯についても調べるつもりです」

 電話を切った後、彼女は頭の中を整理した。このメールの送り主は本当に弟なのか、山川さんとは、どうやって知り合ったのか等々。そして、

「メールに返信してみよう」

 彼女はスマホのメールを開き返信マークを押して返事を書いて送信した。


 翌朝、スマホの画面を見ると弟の名前があった。

 さっそくメールを開いた。

『返事ありがとう。本当に届いたんだね。姉さんのメールを山川さんに見せたところ、とても喜んでいました。今日も写真を添付します。このあいだ息子と娘の一家と共に撮ったものです』

 添付写真には弟夫婦を中心に中年男女と青年と少年少女が写っていた。

「こんな大きな孫が出来たんだねぇ」

 彼女は思わず微笑むのだった。

 その後、何回かメールのやり取りをしたが、一週間もしないうちに途絶えてしまった。返信してもエラーになるのだった。

 弟のメールに関することは何も判明しなかった。だが、山川里夫については次々と明らかになっていった。天涯孤独の彼は施設で育ち、中学卒業後、アパート近くの町工場に就職、夜間の工業高校で学んで技術者となって働いている最中にいなくなったそうだ。

 山川里夫は特定失踪者問題研究会によって特定失踪者名簿に加えられた。


 それから一年ほど経ったある日、彼女のもとに家族会の会長から電話が掛かってきた。

「鈴木さん、今すぐ事務所にいらっしゃることは出来ますか? あなたに会いたいという人が来ているのです」

 彼女は電話を切るとすぐに家を出て事務所に向かった。

 事務所に入ると応接セットのソファに少年が一人座っていた。

 奥の机にいた会長が彼女に近づき、応接セットに案内した。空いているソファに座らせた。会長は向かい側のソファに座り、少年を紹介した。

「こちらは李くん、先日、日本に入国した脱北者だ」

 李少年は彼女に向かって頭を下げた。

「李くんは日本に着くと“鈴木明恵さんに渡すよう頼まれた物がある”というんだ。北朝鮮に親族のいる鈴木明恵さんはあなただけだろうと思って連絡したんですよ」

ー弟に関する物ではないか。

 彼女はこう直感した。

「これです」

 李少年は日本語で言いながら彼女にスマホを手渡した。

 受け取った彼女は画面を見てメールのボタンを探した。だが、見当たらなかった。写真のボタンを押した。すると、画面上に数枚の画像が現れた。一つづつ指で押してみると全てメールに添付されていたものだった。

 彼女はスマホを会長に見せた。そして李少年に訊ねた。

「これ、何処で手に入れたの?」

 少年は経緯を説明した。家族と共に中国に出た李少年は別の脱北者グループと合流した。しばらく共に行動を共にしていたが、グループの一人の男性が体調を崩し同行出来なくなった。その男性はスマホを手渡し、日本に行ったらスズキアキエという人にこれを届けて欲しいと依頼した。

 その後、さまざまなことが起こり、日本まで辿り着いたのは結局、李少年一人だった。


 その夜、久しぶりに彼女のスマホが鳴った。画面を見ると達城明浩とあった。彼女は何の疑いもなくメールを開けた。

『姉さん、これまでありがとう。自分たちがここまで生きて来られたのも姉さんのおかげだ。何の恩返しも出来ず、本当にごめんなさい』

 彼女はすぐに返信メールを送ったがエラーが出た。

 翌日、李少年から受け取ったスマホのスイッチを入れようとしたが入らなかった。近所の携帯電話店に行き、みて貰ったが動かず、修理を依頼した。

 数日後、スマホは戻ったが動くことはなかった。故障の原因も分からず修理が出来なかったそうだ。

 彼女のスマホにあった達城明浩からのメールも全て消えていた。





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NK国からのメール 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

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