悪魔の箱

宵埜白猫

それでも星は綺麗だった。

 太陽が眩しくて、さっと目をそらした。そこにはいつも通り、蔦で覆われてボロボロになった元しょっぴんぐもーるがある。

 と言っても、私はその元の姿を知らない。おじいちゃん達が言うには、服や食べ物を紙と交換できる場所だったらしい。


「紙と食べ物が交換できるなんて、おかしな世界だったんだなぁ」


 今は一晩過ごすのだって大変なのに。……ちょっと覗いてみようかな。

 私は割れて泥まみれになったもーるの入り口をまたいで中に入る。

 お昼なのに中は暗くて、ところどころ割れた壁から差している光が無いと何も見えない。もーるの中に差す光の中を埃がたくさん舞っていて、なんだか少し幻想的だ。


「ん~、服とか残ってるかな~」


 私は少しの期待を胸に奥へと足を進めてみる。歩くと床がこつこつ音を立てるのが面白くて、床を強く蹴ったり少し跳ねたりしてみる。

 私が床を蹴るたびに、埃がふわっと舞い上がる。それはなんだか魔法のようで、前に拾ったシンデレラの絵本に書いてあった舞踏会みたいだった。


 ひとしきり踊った後、私はまたもーるを探索してみる。

 一階、二階、三階……と見て回って、結局何も見つからないまま最上階に来てしまった。

 見ると屋根は半分崩れてて、正面の壁も言わずもがな。私が立つこの階段付近だけが、かろうじて屋根も壁も形を残している。

 そんな壁の一角が一瞬何かが西日を反射して光った。近づいてを拾い上げる。

 長方形の薄い板で前は真っ黒、後ろはくすんだ紫色だ。薄い板の側面にはボタンがいくつもついていて、私は適当にぽちぽちと押してみる。

 どれを触ったせいか分からないけど、板の黒が急に眩しく光った。

 



 これは、おじいちゃんが言ってたやつだ。その光を見た瞬間、そう思った。

 私の脳裏に、小さい頃に何度も聞かされた嘘みたいな話が鮮明に蘇る。


「世界が、こんな風になる前はなぁ、みんなスマホっていう、悪魔の箱を持ってたんだ」


 悪魔の箱、なんて言い方が妙に大げさで、私が聞き返すとおじいちゃんはいつもこう続けた。


「悪魔の箱は、俺達人間にいろんなモノを与えてくれた。電話はもちろん、音楽にテレビ、ゲームなんかもできたし、写真を撮ったり時間を調べるのにも使ってたな。……それに、知りたいことは大概知ることができた」


 おじいちゃんの言う言葉の意味は半分も分からなかったけど、どこか懐かしそうに話してたから、きっと楽しいモノだったんだろう。


「……でもな、俺達はそんな恩恵を受け取る代わりに、大切なモノを悪魔に取られていたんだ」


 悔しそうに、苦しそうに、おじいちゃんはいつも声を絞り出していた。


「それは、時間だよ。……愛する人と過ごす時間。周りの友達と、馬鹿みたいに騒ぐ時間。飽きる程一緒にいた兄妹と、腹を割って話す時間。そして……したいこと、しなきゃいけないことに挑戦する時間。……皮肉にも、世界がこんなになってそれに気づいた今の方が、少し自由に感じるよ」


 おじいちゃんはいつもそこまで言い切ると、ほっと胸を撫で下ろす。

 その時の顔は悪い友人とやっと縁を切れたとでも言うような、複雑な表情だった。




「……悪魔の、箱」


 その言葉を私が溢したのと同時に光は少し弱くなって、ゆるい猫の絵が映し出された。その上には小さな四角がいくつもある。

 私は試しに一つ押してみた。さっきの猫も四角も消えて、今度はいろんな写真が並んだ。

 多分この箱の持ち主の女の人の写真だったり、青空や月、花に海。中にはなんだかよく分からない形をした建物だったり、食べ物の写真もあった。どれも綺麗なモノばかりで、次第に夢中になっていく。

 一つずつゆっくり眺めて、最後の一枚を見終わると、私はやっと悪魔の箱から顔を上げる。

 崩れた屋根の向こうに、満点の星空が広がっていた。

 それを見て、私は悪魔の箱を投げ捨てる。両手を広げて寝転んで、夜の冷えた風を感じながら、空を見上げた。


「……綺麗だなぁ」


 悪魔の箱が私に見せた小さな写真達よりも、本物の星空の方がずっと綺麗だと、私は思った。

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悪魔の箱 宵埜白猫 @shironeko98

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