おまけ

ある女神の独り言


 「なんとか上手く行ったわ♪良かったぁー!!」


 私は、水鏡に映る金髪碧眼の青年のいかにも幸せそうな笑みを見て、一息ついた。この青年の魂が来た時のことは、今でもよく覚えている。


 女神である私のところに送られてくる魂は二つ。


 一つ目は、こちら側の不手際により命を終わらせてしまった魂。 トラックを事故らせるタイミングを間違ったとか、そういうやつだ。


 二つ目は、他人の命を救って命を終えた魂だ。



 この青年の魂は、ある意味どちらにも当てはまる魂だった。


 就任五百年にも満たない新人女神の私がミスをして、川の増水を招き、そのせいで死ぬはずのなかった子供が死にそうになった。その子供を助けたのが、この青年だったのだ。



   ◆ ◇ ◆



 (ここは?)


 ただの光る玉となった彼は、私に尋ねる。

 その光は清らかで、彼が誠実な魂であることが伝わってくる。


 「ここは次の魂の行き先を決めるところ。普通は自動的に決まるものなんだけど、貴方は子供を助けて亡くなったでしょう?そういう行いをした魂は、望んだところに転生できたりするの。」


 (そう……なんですね。貴女は?)


 こういう時にテンションが上がったりしないのは有難い。「転生よっしゃー!」とか騒ぐ輩は、ろくな望みを言わないから。


 「私は女神。貴方のような魂の要望を聞いて、次の行き先を直々に決めるわ。何か望みはある?出来る限り叶えてあげるわよ。」


 ……元々は私のミスが原因だし。


 (えっと…俺の幼馴染の桜庭杏奈の近くに転生したいです。)


 「へぇ…。彼女のことが好きなの?」


 (……は、はい…。)


 可愛い。なんて、初心な魂なのかしら。

 彼の記憶を見ると、彼女への想いがありありと伝わってくる。


 ……なんというか、重い。けど、まだまだ可愛いものね。


 「いいわ。彼女が貴方に恋をするようにー」


 (あ、いえ…っ!近くに転生させてくれるだけでいいです。)


 「そうなの?」


 私は彼の提案に戸惑う。好きな人に好きになってもらえることが決まってるなら、それが一番良いと思うのだが…。


 (はい…。ちゃんと……努力をした上で好きになってほしいので。)


 「そっか。分かったわ。」


 (あ……あと、杏奈の記憶を忘れたくないんです。今回の人生の記憶をそのままにすることって出来ますか?)


 このお願いは多い。知ってるゲームや小説の世界に言って、ハーレムを作ったり、無双したりする人に多いお願いだ。ただ、私が知る限り成功率は五分五分だ。

 こんな風に純粋に誰かを忘れたくないから…とお願いする人は少ない。というか、私の担当だと初めてだ。


 「えぇ、出来るわよ。でも、生まれたばかりの頃から前世の記憶を思い出してしまうと、色々と弊害があるの。だから、思い出すのは私の管理する世界だと、十歳以降と決めてるわ。それでもいいかしら?」


 (構いません。)


 「あとは…そうねぇ、希望の容姿とかある?」


 (あ……………。いえ…人並み、であれば。)


 最初の沈黙が気になる。女神なんだから考えていることなどすぐに分かってしまうと言うのに。全く謙虚と言うか、欲がないというか…。


 彼の記憶を盗み見ると、キーホルダーになっている金髪碧眼のキャラクターが浮かぶ。


 「杏奈って子は、このキャラが好きなのね。」


 桜庭杏奈の転生先を確認する。なんと、彼女もこの人物が出て来るゲームの世界に転生することが決まっていた。今は転生待ちをしている。随分と運が良い。


「良いわよ。金髪碧眼のイケメンね。」


 (えっ、あ、いや…その……。あ、ありがとうございます…。)


 そうは言いながらも、内心戸惑っているようだ。


 (きっと杏奈の持ってたキーホルダーのキャラみたいな感じで転生させてくれるんだろうけど、あれは何のキャラなんだろう…。大丈夫かな、俺…。勇者とかそういう面倒なのじゃないといいけど。)


 王子だよー!と思うものの言わない。こういう誠実な魂こそ人の上に立つべきだからね!面倒だからと、今更辞退されちゃ困る。 


 「他はある?」


 (特にありません。ここまでしていただいて、本当にありがとうございます。……俺はそんなに立派な人間じゃないのに…。)


 「いいえ。貴方は自分が思うよりずっと素晴らしい人だわ。貴方のような謙虚な魂、私好きよ。ここから貴方の一途な恋を応援してる。」


 (ありがとうございます。)


 「じゃあ、頑張ってね。」


 (はい。女神様もお元気でー)


 最後に魂はひときわ強く光って、手のひらにおさまるくらいの小さな玉になる。


 「ふふっ。お元気で、だって。私にそんなこと言った魂は初めてだわ。

 なんだか気に入っちゃった♪

 ゲームの設定とは違うけど、魔力も沢山あげちゃおーっと!」


 私は青年の魂に先程の条件と聖属性以外の魔力を全て与えた。

 付与を終え、部下の執行天使に魂を回す。


 「あとは二人の恋物語を見守るだけ~♪

 ……えっと…あの魂のお相手はっと。

 杏奈…アンナ……この子だわ。」


 先程チラッとしか見なかった女の子のデータを見る。


 「公爵令嬢で…騎士団長の娘……すごいピッタリじゃない!

 これなら大した障害もなく結ばれそうね!


 ……あ、あれ?でも、もしかして……この子、早死にしちゃう?」


 よくよくデータを見てみると、十一歳の誕生日に亡くなることになっている。


 「え、まずいじゃん。これじゃ、二人は出会えないわ……あんなに偉そうに頑張ってね、とか言って見送ったのにー!!待って…まだ何か対策が……。」


 「あー…聖属性のこの子と出会わせれば何とかなるかな……。

 ……あとは、本人に任せるしかない。」


 女神は最初の魂に力の付与などは出来るが魂を執行天使に送り込んだ後は、殆どできることはないのだ。基本的にはその世界の成行を見守ることしか出来ない。


 あまり手を出すと、執行天使に嫌な顔をされる。

 もし執行天使が他の女神のところに転属を希望したら困るし…。ただでさえこの前滅亡した世界のせいで二人も転属希望出しちゃったんだもん。


 私がこのアンナという魂に出来るのは、転生前に少し出会いを組み込むくらいだった。一つや二つの出会いくらいなら、執行天使も怒らないだろう。私は一筆認め、それを天使らに送った。


 「何とかうまく行くと良いんだけど…。」


 そう呟き、最近お気に入りのマシュマロというお菓子を口に運んだ。


 「ねー、ねー、ナイン!!」


 思わず耳を押さえたくなるようなハイトーンボイスが私を襲う。それと同時に頭痛までしてきた気がする。


 「ご機嫌麗しゅう、エイトお姉様。

 ……今日は何用で?」


 この方は私の先輩だ。女神間では、上下関係がすぐに分かるよう先輩に対しては「お姉様」と呼ぶことになっている。

 頻繁に私のところに遊びに来るこのお姉様は、私を可愛がってくれる…といえば聞こえはいいが、実際には面倒事を私に押し付けてくる困った人なのだ。

 私の教育係として、最初の百年はかなり面倒を見てくれたのは事実なので、蔑ろにするわけにもいかないし。


 「それがさ、私の世界の魂がナインの持ってる世界に行きたいって言ってて。あのマジフラとか言うゲームのやつ。」


 やっぱり…また、だ。


 私たち女神は思った通りに世界を作ることが出来る。魂がそう希望するなら、お姉様もマジフラの世界を一つ作ったらいいだけなのに…。


 「お姉様も一つ世界を作ったらいいじゃないですか。」


 「嫌だよー!一から設定してたら、かなり時間かかるもん!!一個魂を受け入れるくらいいでしょ?」


 「……お姉様から受け入れた魂が私の持つ世界を一つ、滅亡させたのをお忘れですか?」


 そうなのだ。お姉様から二百年前に預かった魂がこの間一つ世界を滅亡させた。魔王になって無双したいとか言って転生し、その結果、力を求めすぎて、魔法が暴発し、丸々世界を滅亡させたのだ。


 そのせいで私や執行天使がどれだけ迷惑を被ったことか…!


 「あれは悪かったってー!もう私の方で力を付与したりしないから!デフォルトのままで転生させてくれていいから!ね?お願い!!」


 確かに前の魂は、私のところに来た時点でお姉様から大量の付与を受けていた。だから、世界が滅亡することになった。そう考えれば、何も付与を与えなくていいのなら、大した脅威にはならないのかもしれない…。


 「……分かりました。

 で、その魂はどのキャラクターを希望してるんですか?」


 「ヒロイン。」


 「まぁ……そうなりますよね。分かりました。

 では、明日までにその魂をー」


 「もう連れて来てある。

 じゃ、あとは宜しくー!!」


 お姉様は私に籠を渡すと、さっさと帰ってしまった。


 籠を持っていたのは気付いていた。

 お菓子でも差し入れてくれたのかと一瞬でも期待してしまった自分を殴りたい。


 「はぁ……。」


 私は溜息と共に籠の上の布をめくった。


 その魂は私の存在を認識するなり言った。


 (ねぇ、ここでマジフラの世界に転生できるの?)


 なんと不躾で可愛げのない魂なんだ。魂の光も淀んでいる。


 ……やっぱり厄介なのを押しつけてきたわね。


 「あー……。一応?」


 (そう。じゃあ、ヒロインのリィナで宜しく。)


 まるで出前の注文のようなテンションでお願いするこの魂に腹が立つ。私は少し語気を強めて、注意喚起する。


 「あの、事前に言っておくけれど、これから行く世界はゲームと全く同じではないの。貴女は確かにヒロインの女の子と同じ立場として転生はするけど、ゲームのように全てが行くとは限らないわ。その点はー」


 (分かってる。)


 この魂は、そう答えたものの、内で考えていることなんてお見通しだ。


 (何でも良いから早くしてくれないかしら。あんなに可愛いリィナになるんだから、上手くいくに決まってるでしょ?絶対にライルを…何なら他のキャラも纏めてゲットしてみせるわ!)


 ……お姉様が持ってくる魂は、何でこうも厄介なんだろう。いや…厄介な魂だから持ってくるのか。でも、引き受けてしまったからには仕方ない。お姉様にお世話になっているのは事実だし。


 「では、転生ー」


 (待って!勿論、記憶を持ったまま転生出来るのよね?)


 「え、出来ないけど。」


 (嫌よ!そんなの話が違うわ!!)


 「話が違うと言われても……。」


 (言うこと聞かないなら、さっきみたいに転生前に暴れ続けてやるんだから!!)


 そんなことしてたの?!お姉様のところも執行天使内の評判が悪くて困っているらしいし、それは随分お姉様には効いただろうな…。そして、私にも悔しいことにその脅しはよく効いた。


 「はぁ……分かった…。

 記憶を持ったまま転生させるから、そんなことやめて。」


 (分かればいいのよ。)


 女神の私に対して何て態度だ…!本当は適当にあしらって、牢屋に住む鼠にでも転生させてやりたいけど…お姉様から預かった魂だし、女神のところまで来てるってことはこっちのミスで命を落とした魂だろうから、下手なことは出来ない。女神規約に引っかかって、権利剥奪されたら大変だもの。

 とりあえず記憶を思い出せるのは十歳からだとは黙っておこう。また騒がれたら面倒だ。


 「先に説明しておくけど、貴女がこれから行くことになる私の管理する世界では人の心を超えるような強制力などは働かないわ。つまり、ヒロインだからと言って、自動的に皆が貴女を愛するわけではないの。それだけは、よく覚えておいて。」


 (分かったってば。自分で落とすからいいわよ。リィナの美貌と私の知識と技があれば、問題ないから気にしないで。)


 すごい自信。その割には前世では良い恋愛して来てないようだけど…と彼女の記憶を見て思う。私は呆れかえる。こうなればもう自棄だ。この魂と話していたくない。


 「そ、そう…。では、よい人生を。」


 (はいはーい。ったく、やっと行けるー)


 とんでもないやつが入って来てしまった。

 私は初心な恋物語を見守るはずだったのに!!


 「あー!!またなんでこんなことに!!

 やばい、なんか対策を立てなきゃ…。

 あの魂の思い通りにさせてたまるもんですか…っ!」


 私は転生待ちの魂データを見ていく。


 「えっと……マジフラの記憶がある子…。

 あ、さっきの良い魂くんの想い人が知ってるんだっけ!!」


 データを確認し、記憶を取り戻すタイミングを確認する。


 「よし……死に際までは来るから…私の力が及ぼせる。

 この時に記憶を取り戻させよう…!」


 「女神様ー!そろそろ転生始めますねー!」


 「よ、よろしくー!」


 執行天使に上擦った声で私は指示を出した。


   ◆ ◇ ◆



 その十一年後。


 「よしっ、記憶が入った。

 あ、待って待って、聖女が来るの思ったより早い!!

 今思い出してるとこなの!あと少し待ってー!!」


 ……彼女が目覚めてしまった。

 私は頭を抱えた。


 「あー…これ、全部は思い出せてないな…。

 一応記憶は入ったから、何かきっかけがあったら思い出せると思うんだけど…。学園入学までに間に合うかしら…。

 不安しかないわ。一年前に記憶を取り戻したあの魂は早速魔力訓練を始めちゃってるし……。」


 「ライル、アンナ!頑張って、私、応援してるからー!!」


 私一人だけの真っ白な空間には、心からの叫びが響いたのだった。



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これで完結となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!初めてのカクヨム投稿で不安もありましたが、完結まで書き切ることができ、ホッとしております。


今度はカクヨムオンリーで、ラブコメとか書いてみたいなぁ…いつになるか分かんないですが。


では、また次回作でお会いできれば嬉しいです!私の拙い作品を読んでいただき、本当にありがとうございました!!

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大好きな親友のために、悪役令嬢やってみようと思います。 はるみさ @harumisa

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