騎士は決意する
山吹弓美
騎士は決意する
「スマッホ、ですか」
「ええ。彼女の妄想でしたが、やってみれば形にできるものですね」
両手で持つのに丁度いいサイズの、二枚の板。さまざまな魔術で彩られたそれを、魔術庁長官の子息は満足げに撫でる。彼の父より子息の護衛としてあてがわれた新入りの騎士は、子息の指の動きに従って表面の色を変えるその板に視線を吸い寄せられた。
「単体ではこのように絵や文字を書きつけることができますが、二つをそれぞれ別のものに持たせるとさらに能力を発揮します。魔力によって風景と、そして音声をこの板同士で送り合うことができるという代物です。それも、ほぼ瞬時にね」
「なんと!」
子息の説明に、騎士は目を見張った。
この世界、この国では遠く離れた者同士の連絡方法は基本的に手紙、である。それも、人の足や馬などで運ばれるために往復で数日かかることはごく当たり前の話だ。
それを、このスマッホとか言うらしい板は即座にこなせるという。騎士にとっては、にわかに信じがたい話だ。
ただ彼は、魔術庁長官に目をかけられている存在である。それだけ魔術に近いところにいる彼には、思い当たる節があった。
「魔術師同士が、互いの魔力を通い合わせることで目の前に幻影を見せるという通信方法がありましたな。それを、魔術師以外でも使えるようになるということですか」
「そういうことです。さすがは父上のお眼鏡にかなった人だ」
「ありがたいお言葉」
長官子息の笑顔に、騎士は深く頭を垂れる。騎士にとって目の前にいる青年にはなりきっていない彼は、あくまでも仕えるべき主であるからだ。
「かの子爵令嬢の発案だそうですが、彼女はこのようなものをどうやって思いついたのでしょうか?」
「さあ。彼女の思考は時々、全くわからないことがありますから」
とはいえこの主は護衛である騎士にも気さくであり、今彼がこうやって呈した疑問にも当然のように答える。長官子息にしてみれば、彼は側に仕えている何かの置物、反発することのない存在だと認識しているだけかもしれないが。
「しかし、これは画期的な発明ですね。何しろ、司令官がその場におらずとも戦場の状況を把握できるのですから」
「最前線に対し、王都から命令を出すこともできますね」
「第一王子殿下の初陣には、最適かもしれません。さすがに、王都からでは無理でしょうけれど」
スマッホ、由来のわからぬ名をつけられた板を手に興奮する長官子息と、ただただ感心する騎士。
そもそもの発想をぶつけてきた子爵令嬢、長官子息の想い人である彼女のことを子息は思い浮かべる。彼女は、それについてなんと言っていたか。
「子爵令嬢によれば、遠く離れた都市で行われる演劇や祭りなどを見物するのに使うのに良い、とかでしたね」
「なるほど。平和的に使うとすれば、そういう事になりましょうか。他には、辺境地の視察なども」
「そうですね。『平和的に』使うのであれば、ですが」
魔術庁という役所は、この国の魔術に関する様々な任務を担っている。その大部分はかつての戦で活躍した魔術師たちの遺産であり、故に幹部たちは次なる戦を熱望している者もいる……という噂だ。
その筆頭が、この子息の父である魔術庁長官その人である、ということは既に暗黙の了解となっており、つまり。
「その程度の利用法など、父は求めておりません。重要なのは、隣国への『進出』に使えるかどうか、ですね」
「……」
反論も密告もないだろう、と踏んだのか、長官子息は騎士に対しはっきりとそう言ってみせた。
新たな戦に向かうときに、このスマッホという板がどれほど便利なものであるかに長官とその子息は期待を寄せている。
その後、子爵令嬢と彼女の後ろ盾となっていた第一王子、そしてその取り巻きたちは揃って国の中枢から遠ざけられる結果となった。
第一王子の寵愛を受けていた子爵令嬢が王子を操り、国を簒奪せんとする陰謀が明らかになった、というのがその理由である。
その中にいた長官子息が、父の威光を傘に来て作り上げたスマッホなる代物はその能力を発揮することなく破壊され、技術は闇に葬られた。子息の護衛であった騎士がその危険性を鑑み、上層部に伝えたことも理由の一つである。
騎士は決意する 山吹弓美 @mayferia
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