第166話 ブラックホールが入った箱

 僕の目の前に立っているのは、「宇宙服を着ている小柄ななにか」だった。

 ふつうの宇宙服なら、顔の部分が透明なはずだが、それはちがうのだ。

 青い服。気密性があることはわかるが、人間が着るものとはいくつかの点で異なっている。

 背中に空気ボンベがない。継ぎ目がない。小柄な高校二年生の男子である僕よりも背が低い。

 いろいろと奇妙だった。

 学校帰り、駅までの近道の路地で、それと出会った。


「き、みは平和主、義者のよ、うなので会、いにきた」

 それは異様なイントネーションでしゃべった。まちがった方向に調教してしまったボーカロイドのように。

 僕は答えることができず、呆然とそれを見つめていた。怖かった。

「答え、てくれ平和主、義者だ、よね」

 もし応答しなかったらどうなるのだろう。

 でも、そんな試みをしようとは思わなかった。僕はあわてて答えた。

「はい、平和主義者です。まちがいなく、平和主義者だと思います」

 

 僕の父と兄は戦争へ行って殺された。

 母は爆弾の破片が突き刺さって死にかけた。

 戦争は大嫌いだ。僕は平和主義者のはずだ。


「よかっ、た平和主、義者を捜し、て、いたんだ」

「あなたは誰ですか」

「簡、単に言、うと宇、宙人」

 宇宙人か、と僕は思った。そんなところだろうと思った。人間だと言われた方が驚いただろう。だって、それはとても奇妙な雰囲気を持っていたから。


「わた、しは地、球の戦争、を憂、いている」

「戦争はとてもよくないですよ」

 僕は力を込めて答えた。戦争はよくない。徹底的に悪い。それは僕の信念のようなものだった。

「これ、をあげ、る使、いようによ、っては戦争を止、めら、れる」


 それは、僕に木箱のようなものを渡した。

 正確には木箱と鉄箱を足して2で割ったような感じのもので、なんとも説明のしようがない箱だった。大きさはティッシュペーパーの箱程度。


「そこに、はブ、ラックホ、ールが入ってい、る」

 驚いた。本当に?

 僕は箱をまじまじと見た。たいして重くない。重力制御されているのだろうか。

 箱の上には取っ手がついていて、すぐに開けられそうだった。


「取、り扱い、には注、意し、てねど、う使おうとき、みの自、由だけれど」

 青い宇宙服を着たそれは、そう言った後、すーっと空に浮かびあがっていき、雲の中に消えた。


 僕はブラックホールが入った箱を持って電車に乗った。

 国営放送局のある駅で降りて、局ビルへ向かって歩いた。


 ビルの受付で言った。

「僕はブラックホールの入った箱を持っているんです。これです。この箱を開けたら、たぶん地球は終わりです」

「は?」

 受付の綺麗なお姉さんは、僕を見つめて、顔を歪めた。変な奴が来た、と思ったのだろう。

「僕の要求はシンプルです。僕を映して、放送してください。要求がかなえられなかったら、箱を開けます」

「ちょっと待って」

 受付嬢は、どこかに電話をかけ、僕の要求を伝えてくれた。


 数分後、マイクを持った人とカメラをかかえた人がやってきた。

「きみが、ブラックホールが入った箱を持っている少年だね?」

 インタビュアーが、ぼくにたずねた。カメラマンは僕を撮影してくれているようだった。

「はい。この箱の中にブラックホールが入っています」

「この箱? なんか変な材質みたいだけれど、ブラックホールが入っているとは信じられないなあ。証拠はあるの?」

 僕は首を振った。

「信じてもらうしかありません。信じてくれないなら、箱を開けます。言っておきますが、開けたら、地球は終わりですよ。太陽系が終わるかもしれない」

「待ってくれ」

 インタビュアーは、スマホで誰かと話をした。

 その話の結果、僕はスタジオに通されることになった。


「臨時ニュースです。ブラックホールが入った箱を持っていると言い張る少年が、国営放送局に現れました。この少年です」

 女性アナウンサーがしゃべった。

「本当にブラックホールが入っているの?」

「たぶん本当に入っています」

「たぶんって、どういうことですか?」

「さっき宇宙人にもらったんです。僕も確かめたわけじゃないから、たぶんとしか言えないんです。でも、僕は本当に入っていると信じています」

「科学者を呼んでもいいかしら」

「いいですけど、その前に僕の要求を放送してください」

 彼女は脇にいる偉そうな人を見た。その人はうなずいた。 


「要求を言ってください」

 やった、と僕は思った。

「いますぐすべての戦争をやめてください。世界中の戦争を停止してください。そして、二度と始めないでください」

「え? 無理でしょ、そんなの」

 女性アナウンサーは、すべての人類を代表しているかのように言った。


「要求がかなえられないのなら、箱を開けます」

「やめて! ちょっと待って!」

「待ちます。でも僕の要求をかなえるために、偉い人たちは、すぐに行動してください。僕はマジです」  


 僕は大勢のアナウンサーやインタビュアー、カメラマン、その他よくわからないいろいろなテレビ関係者に囲まれた。

「少年、箱を渡すんだ」と偉そうな人が言った。

 僕は強く首を振った。

 

 背後から誰かに飛びかかられた。

「あっ、ちくしょう!」

 僕は箱を開けようとした。

 その前に、黒い服を着た男に箱を奪われてしまった。

「返して!」

 箱はどこかに持ち去られた。

 二度と僕のもとには返ってこなかった。


 その後、僕の国は世界を支配した。

 箱の中には、本当にブラックホールが入っていたのだろう。きっと科学者たちが、なんらかの方法でそれを突き止めたのだ。

 僕と同じように、「要求を聞かなければ、箱を開ける」と脅して、他国を従わせているのだと思う。

 世界中の富が、僕の国に集まり出している。

 醜い。

 さっさと開けて、地球人類なんか滅ぼしてしまえばよかった、と心の底から思った。

 

 

 

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