第167話 ねえいくつまで魔法少女なの?
202X年12月31日、わたしは18歳になる。
日本の法律では成人。大人になるということだ。
民法でそう決まっている。少し前までは20歳が成年年齢だったが、民法が改正されて18歳になった。
わたしは魔法少女なのだが、18歳になってもまだ魔法少女なのだろうか。
「ねえいくつまで魔法少女なの?」とわたしは訊いた。
わたしの隣には同じく魔法少女の綿毛たんぽぽが座っている。魔法少女のキャラクター名とかではない。それが本名なのだ。
たんぽぽは同い年で、12月24日が誕生日だ。
わたしとたんぽぽはまもなく成人する。
「やっぱり17歳までなんじゃない?」と彼女は答えた。
空気が凍ったような気がした。
やはり18歳になったら魔法少女ではなくなるのか。ではわたしたちはなんになる?
わたしとたんぽぽは東京スカイツリーのてっぺんに座っている。ふつうの人間にはこんなところに来ることはできないが、わたしたちは魔法少女だからできる。地上から高度634メートルのここまでジャンプした。
強い風が吹いている。12月中旬の冷たい夜の風だ。わたしたちの眼下にはきらびやかな東京の夜景が広がっている。あちこちにクリスマスのイルミネーションがあって、風がスモッグを吹き飛ばして、ものすごく綺麗だ。
「18歳の誕生日に、わたしたちはなんになるの?」
「魔法婦人かな」
たんぽぽがそう答えて、わたしは戦慄した。
魔法婦人だと? か、かっこ悪い……!
「婦人ってなんだよ、婦人って」
「成人女性のことだが」
「いや、そうなんだけど、魔法婦人はないでしょう。もうちょっと響きのいいやつはないの?」
たんぽぽは夜景を見ながらしばらく考えていた。
「じゃあ魔法淑女」
魔法淑女!
「いいじゃないそれ。魔法少女ほど語呂がよくはないけど、魔法婦人よりはずっといい。そう名乗ることにしよう。魔法淑女たんぽぽとすみれ」
わたしの名前は野原すみれ。本名である。
「淑女とは品があって、優雅で、心やさしく、礼儀正しい女性だそうだ。いまスマホで調べた。すみれは淑女ではないね。すなわち魔法淑女でもない」
「なんでよー!?」
わたしは絶叫した。東京中に響き渡ったかもしれない。
「すみれはショッキングピンクの髪で品がないし、がさつで優雅とはほど遠く、教師に敬語を使わない礼儀知らずで、とうてい淑女とは言えない。まあやさしさはあるかもしれない。それぐらいは認めてあげる」
「品と優雅と礼儀も認めろやごらあ」
「はいその言葉遣いで失格」
わたしには返す言葉もなかった。
「あんただって淑女とは言えないじゃん。黒髪ロングで品があって、バイオリンが弾けて優雅で、もちろん心やさしくて、茶道を習ってて礼儀正しい……。あれ、あんたは完璧な淑女なのか?」
たんぽぽはうふっと微笑んだ。それから真顔になって言った。
「私は魔法淑女にはならない。引退するから」
引退。その言葉がわたしの胸に突き刺さった。わたしとてそれを考えなかったわけではない。
「10歳のときから魔法少女をやってる。多くの魔獣と戦い、たくさんの人助けをした。もうそろそろ潮時だと思う。魔力もかなり落ちてきたし」
たんぽぽが言うとおり、わたしたちの魔力は落ちてきている。初めて魔法少女になったときがピークだった。それ以降少しずつ魔力は低下しつづけている。
8年前のクリスマスの日、わたしとたんぽぽが手をつないで小学校から下校していたら、目の前に人語をしゃべるケーキが現れた。
「ぼくは魔法の次元から来たケーキプリンスだ。ぼくを食べて魔法少女になり、魔獣と戦ってくれ」とケーキは言った。
「怖い。気持ち悪い」とたんぽぽは言ったが、
「美味しそう~」わたしはよだれを垂らしたのだ。
わたしはイチゴがたくさんのったケーキプリンスを食べ、嫌がるたんぽぽにも食べさせた。そうして、わたしたちは魔法少女になったのだ。あの頃が最強だった。
「思えば、無理矢理食べさせられたのよねあの変なケーキ」
「ごめんよごめんよ。でも美味しかったでしょ?」
「確かに美味しいことは美味しかった。また食べたい」
ケーキプリンスは消化され、二度と現れなかった。
わたしたちが魔法の次元と接触したのはあのときだけだ。
びゅうっとひと際強い風がスカイツリーに吹きつけた。
「たんぽぽは引退か……」
「すみれはどうするの?」
「わたしは魔法少女が好きだからなあ。もう少しやってみるつもり。魔法淑女になるわ」
「そっか……」
わたしとたんぽぽは美しい東京の夜景を見下ろした。
「じゃあ品と優雅と礼儀を身につけろ」
「やかましいわっ」
ごつんとたんぽぽの頭を殴った。
空には満月が輝いていた。東京タワーの上に魔獣が出現したのが見えた。
「たんぽぽとすみれの最後の戦いになるかもしれないわね」
わたしたちは飛び跳ね、禍々しい魔獣に向かっていった。
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