第165話 石を捨てる2
海岸にはいろんな石が落ちていた。
七色に光る小さな丸石。長い棍棒のような茶色い石。黒光りする尖った石。
大小さまざまな石で満ちている浜。
僕は七色に光る石を拾おうとして、膝を曲げた。
「拾わないで。ここは石を捨てるところなんだ」
若々しい四十代にも、老けた二十代にも見える年齢不詳の長髪の男性が、僕を見下ろしていた。
僕は石を拾うのをやめて、首を傾げ、男の人を見つめた。
彼は僕から目を逸らして、海の方を眺めた。
海は濃紺で、波頭だけが灰色だった。
空はどんよりと曇り、太陽は北天にあって、雲をわずかに白く光らせている。
海岸にはちらほらと人がいて、右手か左手で石を握っていた。
「他の人は石を拾っているみたいですけど」と僕は言った。
「あれは拾った石じゃない。もともと彼らが持っている石だよ。ほら、きみだって」
言われるまで気づかなかったが、僕は左手に文庫本サイズの直方体の白い石を持っていた。
あれ? なんだろうこの石。憶えがない。
「それは夢の石と呼ばれるものなんだ」
波打ち際にいた黒いコートを着た女の人が、石を海に放り投げた。
石は小さなしぶきをあげて、海に吸い込まれた。
女性は幾分かほっとしたような笑顔を浮かべ、霧状になって消えた。
「あの人はいま夢を諦めた。石を捨てると、夢から解放される。もう夢を追わなくていいんだ。晴れ晴れとした朝を迎えることができるだろう」
夢は祝福であるとともに、ある種の呪いだからね、と年齢のわかりにくい男性は言った。
そこで目が覚めた。将来の夢についての夜の夢を見ていた。
僕はひとり暮らしのアパートでトーストを焼いて食べ、歯を磨き、出勤した。
擦り切れるほど働いて、定食屋で晩ごはんを食べ、部屋に帰ってからパソコンを起動させた。深夜まで小説を書く。
何年こんなことをつづけているだろう。
僕はどうして小説を書いているのだろう。
そんなこともわからなくなってしまっているのに、惰性で文章を綴っている。
また石の浜へ行った。
若いのか老いているのかわからない女の人が、初めてこの海岸を訪れたらしい髪の短い女性に夢の石について説明していた。
「石を拾わないでください。ここは石を捨てるところなんですよ」
僕はあいかわらず直方体の石を持っていた。
以前は白い石に見えたはずだが、黒ずんでいる。
この石を捨てたら楽になれるのだろうか。
背後でがちゃんと音がした。
振り返ると、端正な顔をした二十五歳くらいの男性の足元に、ダイヤモンドのように輝く大きな石が落ちていた。
僕は驚いた。あんなに綺麗な石を捨ててしまうのか。
迷っていた。曇天の下にある冴えない海を見ながら、薄く平べったい石を捨てていいものかどうか、僕は考えあぐねていた。
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