第143話 イカタコ物語

 イカとタコは宇宙から来た調査兵団だった。

 そのことを僕はスーパーで買い物をしているときに知った。

 食料品値上がりしたなー、生きていけないよ、と思いながら僕はお魚コーナーを歩いていた。

 僕は貧乏な苦学生で、アルバイトをしながら、大学に通っている。母ひとり子ひとりの家庭。このところのインフレで、食べていくのがやっとになり、学費を捻出できない。

 大学をやめるしかないかな、と悩んでいた。

 最近は値上がりがきつくて、魚を食べていない。肉も。栄養のために、卵だけは2日に1個食べるようにしている。


「イカよ、我らの調査も終わりつつある」

「タコよ、地球人の身体構造はほぼわかった。彼らは酸素と炭素化合物を体内に摂取して生きている。彼らは酸素なくしては生きていけないのだ。地球から酸素をなくしてしまえば、地球人は滅びる」

 お魚コーナーで、そんな声が聞こえてきた。

 イカとタコか。

 もう何年も食べてないな、と思った。最近は不漁のせいか、スーパーで見かけることも減った。

 まあ、どうせ買えないから関係ないけど……。


 僕は声がした方に目を向けた。そしてびっくりした。

 イカとタコが会話していたからだ。

「イカよ、我らも酸素と炭素化合物を摂り入れて生きている。地球から酸素をなくしてしまったら、我らも困るのだ」

「タコよ、確かにそうだ。別の侵略方法を考えなければ」


「きみたち、イカとタコだよね。日本語が話せるんだね……」

 僕はおそるおそる話しかけた。

 イカとタコは、ぎょっとした表情になって、僕を見た。

「イカよ、透明体になった我らを、この地球人は見えるようだぞ」

「タコよ、我らは地球人に食べられて、内部から身体構造を調べていた。だが、地球人にはまだ未知の部分があるようだ」


 鮮度のいいイカは透明だ。

 アミダコという透明なタコがいるらしい。

 このイカとタコはそういう人たちなのだろうか。

 でも完全に透明ではなく、見えているし、声が聞こえている。

 周りの人たちもイカとタコの会話に気づいて、驚いていた。

 でも当のイカとタコは自分たちが透明で、見られていないと思っているようだ。少しバカなのかもしれない。


「地球人よ、我らイカとタコは宇宙から来た調査兵団なのだ」

「地球を侵略するため、地球人を調べている。我らは食べられても死なず、再びイカとタコに生まれ変わるのだ。わざと地球人に食べられて、おまえたちの身体構造を調べている」

「だいたい調査は終わり、宇宙に帰ろうと思っていたが、まだ調べる必要があるようだ」

「地球人よ、我らはおまえを調べたい。家に持ち帰り、我らを食べよ」

「おまえは謎の地球人だ。調べたい。我らを食べよ」

「我らを食べよ」

 イカとタコは僕に向かって、我らを食べよ、と連呼した。


「イカもタコも値段が高いから、買えないよ」と僕は言った。

「我らは売り物ではない」と言って、彼らは僕が持っていたエコバッグに飛び込んだ。

 僕はレジで、スーパーのレジ係のお姉さんに「このイカとタコ、持ち帰ってもいいですか?」とたずねた。

 僕とイカ、タコのやりとりを聞いていた彼女は「いいと思う。その気持ちの悪いイカとタコでよければ、さっさと持って帰ってほしい。怖いよ、日本語をしゃべるイカとタコ」


 というわけで、今夜の食卓には、イカとタコのお刺身が載っている。

 僕がさばいた。

「美味しいわね、このイカとタコ。高かったでしょ。よく買えたわね」と母が言った。

 僕は説明しても信じてもらえないと思い、「バイト代が入ったんだ。たまには贅沢したっていいかなって思って買った」と言った。

 別にイカとタコに身体構造を調べられたってかまわない。

 今日、美味しいイカタコが食べられるなら、明日がどうなってもいい。

 母と僕は、明日生きられるかどうかわからないほど貧乏なのだ。

 美味しかった。ごちそうさま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る