第142話 文芸部紅葉デート

 僕は高校の文芸部長で、春日部さんは部員だった。

 僕は3年生で、彼女は1年後輩の2年生。

 文芸部員はふたりだけだった。


 ふたりとも、ノベルアッププラスという小説投稿サイトで自作の小説を発表していた。

 ノベルアッププラスでは、秋の5題小説マラソンという企画を開催していて、僕たちはそれに参加しながら、小説執筆の練習をしていた。

 今週が最後の5週目で、お題は『紅葉』だった。


 金曜日、僕たちは部室で缶コーヒーを飲みながら、会話をしていた。

「紅葉か……。春日部さん、書けそう?」

「うーん、ありふれた題材ですね。書けないことはないと思いますが、ありふれた新鮮味のない小説になってしまいそうです」

「そうなんだよね。僕もそんな感じ……」


 春日部さんは上目遣いに僕を見ながら、少しもじもじしていた。

「どうかした、春日部さん?」

「あの、先輩、明日紅葉を見に行ってみませんか? 実際に紅葉を見たら、よい小説が書けるかもしれません」

「ああ、それはいい思いつきだね。ちょうどいま、紅葉の季節だし」

 僕はさらっと答えたが、内心ではかなりドキッとしていた。

 春日部さんと紅葉を見に行く。それって、デートみたいじゃないか。


「先輩、石垣山はどうですか? 近場だし、スニーカーでも登れるお手軽な山らしいですよ。ふ、ふたりで行きませんか?」

 ふたり、という台詞が震えていた。

 やはりこれはデートのお誘いのようだ、と僕は思った。


 春日部さんは、ときどき僕の身体に軽く触れる。

 肩を叩いたり、ハイタッチを求めたり、腕を握ってきたりする。

 ハグされたこともある。文化祭で売り出した僕たちのつくった部誌が完売したときのことだ。

 そのとき、彼女は僕に気があるのかもしれない、と思った。


 彼女は黒縁の眼鏡をしていて、一見地味に見えるが、実は美人だ。

 目がぱっちりと大きくて、愛らしい顔立ちをしている。

 性格もよくて、真面目に小説執筆に取り組んでいるし、部長である僕の指示をしっかりと守ってくれる。

 熱心に部誌制作に取り組んでくれて、短編小説だけでなく、詩やエッセイも書いてくれる。

 彼女とふたりきりの部活動は、とても素敵だった。


 僕は春日部さんが好きだった。

 彼女も、僕を好きなのかもしれない。

 石垣山で彼女に告白しよう、と僕は決心した。

 

 土曜日、僕と春日部さんは高校の最寄りの駅のホームで待ち合わせをし、電車で石垣山駅に向かった。

 彼女は山歩きには不向きではないかと思うほどおしゃれをしていた。山へ行くのに、スカートを穿いていた。

 うわあ、春日部さん、かわいい……。

 僕は顔が熱くなってしまった。頬が紅潮しているかもしれない。恥ずかしい。


「か、かわいいね、その服」と僕は必死になって言った。

「あ、ありがとうございます。せ、先輩のファッションも格好いいですよ」と彼女は言ったが、そんなはずはない。

 僕は平凡なチェックのシャツとジーンズを着ているだけだった。


 石垣山はきれいに紅葉していた。

 僕たちは歩きやすい山道をゆっくりと登っていった。

「紅葉、美しいですね」と春日部さんが言った。

 僕は、紅葉より春日部さんの方が美しいよ、と言いそうになったが、そんな恥ずかしい台詞を実際に口に出せるわけもなく、「そうだね」とだけ答えた。


 石垣山の山頂には、古い城の石垣が少しだけ残っている。

 僕たちはその石垣に腰掛け、周りに広がる赤い紅葉を眺めた。

 言え、告白するんだ、と僕は僕の心に命令した。しかし、「いい眺めだね。ノベルアッププラスのマラソン小説、書けるような気がしてきたよ」などと、どうでもいいことしか言うことができなかった。

 僕はいくじなしだ。


 そのとき、僕の気持ちを上向かせることが起こった。

 僕は手のひらを石垣の上に置いていたのだが、春日部さんの手が、そのうえに重ねられてきたのだ。

 彼女の手は少し汗ばんで、震えていた。

 僕は彼女の顔を見た。

 紅葉よりも真っ赤に染まっていた。


「好きだよ、春日部さん」

「わ、わたしも先輩が好きです……」


 僕は彼女と手を繋ぎながら下山した。

 紅葉なんて目に入らなくて、彼女の顔ばかり見ていた。

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