第140話 傾国のラーメン

 もっとラーメンを食べたかった。

 最高の食べ物と信じるラーメンを、死ぬほど食べたかった。

 でもわたしは女子高生だった。

 女の子だから、ひとりでラーメン屋さんに入るのは恥ずかしかった。


 初めてラーメンを食べたのは、高校1年生のとき。彼氏とのデートで。

「ラーメンでごめんね。でも、おれが奢ってあげられるもので、一番美味しいものはこれなんだ」と彼は言った。

 ごめんなんてとんでもない。最高のご馳走だよ、と思った。

「最高だよ。これからもラーメン屋さんに連れていってね」とわたしは答えた。

 それから、彼と一緒にときどきラーメン屋さんに入った。

 ひとりで入店する勇気はなかった。

 ラーメン屋さんにいるのは圧倒的に男性が多い。女の子には敷居が高い。


 高3のとき、ささいな口喧嘩が原因で、彼氏と別れてしまった。

 別に彼がいなくなってもいいけれど、ラーメンが食べられなくなるのは嫌だった。困った。

 ひとりでラーメン屋さんに入ろう、と決意して勢い込んでダッシュしたとき、自動車が歩道に暴走してきて、轢かれてしまった。

 わたしの人生は唐突に終わった。


 わたしは中華風世界の平民の女の子に転生した。

 美少女に育ち、踊りを習い、上達した。わたしの美貌と舞踊が、皇帝の目に留まり、わたしは後宮に入った。

 美女ぞろいの後宮でも、わたしのかんばせの美しさとスタイルのよさは、ひと際目立っていた。

 わたしは寵姫になった。


 わたしは前世の記憶を持っていた。

 ラーメンを食べたいという欲望は変わらずに心にあった。あったどころか、その欲望はものすごく大きく、妄執と言えるほどだった。なにしろわたしは、ラーメン屋へ向かってダッシュしたときに死んだのだ。せめて、食べ終わってから逝きたかった。


 ラーメンが食べたい。

 しかし、この世界にはラーメンが存在していなかった。そんな食べ物はなかった。

 わたしは皇帝をメロメロにさせて、権力を持ち、今度の人生では死ぬほどラーメンを食べようと決意した。

 そのためにだけ、わたしの美貌を使う。

 手練手管を尽くして、皇帝をわたしの虜にした。


「ラーメンが食べたいのです」とわたしは皇帝に告げた。

「ラーメンとはなんだ?」彼はきょとんとしていた。

 説明するのはむずかしい。この世界にラーメンはない。しかし、湯麵と呼ばれる薄い塩味の麺料理は存在していた。

「わたしの頭の中にある最高の料理です。湯麵をもっと洗練させた味です。陛下も食べたくはありませんか? ものすごく美味しいですよ」

「そなたがそれほど言うのなら、美味しいのであろうな。朕も食べたい」

「では、腕のよい湯麵料理人を国中から集めて、わたしにください。大きな厨房をわたしにください。そこでラーメンをつくります」


 皇帝はラーメン宮という建物を建設し、そこに300人の名高い湯麵店主を集めてくれた。

 わたしは彼らを指導し、数々の塩ラーメンをつくり出した。


「これは旨い。そなたは美しいだけでなく、料理人の中の料理人だ。朕はもっとラーメンを食べたい」と皇帝に言わしめた。

「こんなのはラーメンの凄さの一端にすぎません。わたしは醤油ラーメンを食べたいのです」

「しょうゆ……とはなんだ?」

 この世界に醤油はなかった。そんな調味料はなかったのだ。醤油を生み出さなければ、醤油ラーメンは食べられない。

「わたしの頭の中にある最高の調味料です。大豆と小麦を発酵させて、塩を混ぜてつくります。腕のよい発酵料理人をわたしにください」

「よかろう。ラーメン宮をもっと充実させよう」


 皇帝はラーメン宮を増築し、名高い湯麵店主を1000人に増やし、さらに酒造職人など500人の発酵の専門家を集めてくれた。

 わたしは彼らを指導し、醤油を発明させ、数多の醤油ラーメンを生み出した。


「これは旨い。旨すぎる。そなたは古今無双の料理人だ。朕はもっと醤油ラーメンを食べたい」と皇帝は頬を落とさんばかりにして言った。

「ラーメンをもっと極めなければなりません。次は味噌ラーメンを食べたいです」

「みそ……とはなんだ?」

 この世界に味噌はなかった。

 もちろんわたしは皇帝に協力を求め、味噌の開発に邁進した。


 皇帝はさらにラーメン宮を増築し、スープ職人を10000人、麺職人を10000人、発酵職人を10000人に増員した。ラーメン宮の人事管理や維持修繕、清掃、雑用などにたずさわる人間は、20000人を超えた。

 わたしは味噌ラーメンをこの世界に出現させた。


「なんという旨さだ。ラーメンの奥深さよ」と皇帝は言った。

「ラーメンの凄さはまだまだこんなものではありません。担々麺、スタミナラーメン、つけ麺、半チャンラーメンなどを食べたいです。ラーメンを極め尽くしたいのです。これは終わりのない求道です」

「おお妃よ、もっともっと朕に美味しいラーメンを食べさせておくれ」

 もはや皇帝はわたしの美貌よりも、ラーメンの味の虜となっていたが、それこそわたしの真の狙いだった。


 ラーメン宮は総勢100万人を超える巨大な組織となった。

 わたしは次々と新しいラーメンを開拓した。


 ラーメンづくりで、この国の財政は危機的状況となり、税は天井知らずとなり、野に反乱が満ち、国は滅びかかっていた。

 それがなんだというのか。

 わたしは前世で、車に轢かれて死んだのだ。

 今生では、ラーメン道を突き進んだ。その結果、傾国することになったが、後悔はない。たとえ殺されることになったとしても。

 わたしは傾国の美女。名を拉貴妃らーきひという。

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