第139話 古戦場に住む。
私は古戦場に住んでいる。
民族の狭間。広々とした土地。太古から幾たびも軍と軍が戦い、勝敗を決し、数多の屍が晒されてきた地。東西交通の路。草原。武器や携帯品が放棄された地。
私は刀や鏃を発掘する。鎧兜を掘り起こす。ときには地表に落ちている金貨や雑貨を見つけることもある。旅人に売って、いくばくかの貨幣を得る。私は街にでかけ、衣服や食料を買う。
古戦場に天幕を張って、ひとりで暮らしている。そこで煮炊きをし、眠り、ときに音楽を奏でる。
私は発掘した角笛、竪琴、横笛、太鼓などの楽器を蒐集している。これらは売り物ではない。趣味の品だ。
土に埋まっていた楽器はかつて軍楽隊のものだったと思われる。その多くは使い物にならない。だが、保存状態のよいものもある。私はそれを修理して、音楽を奏でられるようにする。演奏は私の楽しみとなる。
天幕に旅人を泊めることもある。音楽でもてなすと喜ぶ人がいる。私は人が喜んでくれることを歓ぶ。知らない曲を歌って教えてくれる人もいる。そのようにして私の音楽は豊穣になっていく。
私にはここではない故郷がある。そこは戦場になり、親兄妹は死んだ。私は流れ流れて古戦場に移り住んだ。
初めてここに居を定めたとき、わたしひとりしかいなかった。草の実を食べ、雨水を飲み、罠で捕らえた兎の肉を焼いて生き延びた。やがてここが遺物の宝庫であると知り、発掘と販売が生きる糧となった。
私の心には故郷の音楽が残っていた。初めて楽器を発掘したとき、その曲を再現しようと試みた。うまくいかなかったが、楽しかった。それが私の趣味の起源。
その後ここに私以外の者も移り住み、天幕は増えつづけた。住民はなんらかの事情で本来の住処を追われた者ばかりだ。弓の達人もいる。鹿や猪の肉を分けてくれる。採集した果実をくれる人もいる。私は街で購入した酒を差し出し、楽器を奏でる。音楽は瞬時空間を震わせ、直後に消えていく。人の心を深く打ち、脳裡に残ることもあるようだ。
音楽には人を慰める力がある。勇気を与える力がある。あるいは悲しい思い出を呼び起こす力がある。音楽は生み出す端から消え失せていくが、それが与えた力は少しばかり人の心に留まる。演奏は常に私の歓びだ。
新たな楽器を発掘したとき、新たな音色を得る。私は合奏をしたいと思い立つ。狩人にそのことを相談する。発掘仲間にも話す。旅人にも言ってみる。
数年後、私は楽団を持っていた。演奏で貨幣を得るようになっている。その収入は発掘よりも大きい。私の本業は発掘から音楽に変わり、しだいに土を掘り返したり、地表を観察したりすることが少なくなっていく。ついには発掘を廃業する。専業の音楽家の誕生。
いまでは古戦場は街に変貌している。しかしここはかつて何度も戦場になった場所だ。その歴史はけっして消えることはない。
古戦場はゆえあって古戦場となった。戦いに適した土地なのだ。いつかはまた戦場になる。次にいつ戦場になるかは旅人の話を聞けば予想できる。
きな臭くなっている。居を移すべき時期が来ている。私はたくさんの楽器を持っている。残念ながらこれらをすべて持って旅することはできない。特に気に入っている縦笛と琴を除き、人に贈ったり、売ったりした。
天幕をたたむ。私は歩き始める。古戦場を去る。近いうちにここで血しぶきが舞う。
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