第129話 くらげ商店

 波の音を聴きながら、くらげくんは店番をしていた。店の名前はくらげ商店。売り物はくらげの涙という宝石だ。

 くらげくんは陸棲のくらげだ。満月の夜に、ひと粒の涙を流す。それが固まったものがくらげの涙。一見、透明に見えるが、太陽の光を浴びると、七色に輝く。

 くらげくんはくらげの涙を加工して、指輪やネックレスにつけて売っている。くらげの涙はダイヤモンドよりも貴重な宝石で、若者に大人気だ。

 くらげの涙の婚約指輪は特に人気が高く、これを捧げてプロポーズすると、断られることはないという評判があった。

 ザザーンという波の音がした後、カランとドアが鳴って、ひとりの若い僧侶がくらげ商店に入ってきた。

「いらっしゃいませ」とくらげくんが言った。

「こんにちは」と僧侶は言った。

「くらげの涙を見せていただけますか」

「どうぞご自由にご覧ください」

 くらげ商店にはガラスのショーケースがあり、その中にたくさんのくらげの涙を使った装飾品が展示してある。

 僧侶は店内を見て回り、太陽光線を受けて七色に光る指輪の前で立ち止まった。

「綺麗ですね」

「当店の指輪は婚約や結婚の際の贈り物として、とても人気があるのですよ。ありがたいことに」

「拙僧もこれを贈りたい人がいるのです。でも、禁欲昇天教は結婚を禁じています」

「あなたは禁欲昇天教のお坊さまなのですね」

「はい……」

 若い僧侶は指輪を眺め、ため息をついた。

「私には縁のないものだ……」

 僧侶は悲しげにつぶやいた。

 ザザーンとまた波の音がした。

「お坊さま、愛と信仰とどちらが大切ですか?」

 くらげくんはキラキラと瞳を輝かせながら言った。その瞳は極上のくらげの涙のように美しい。

「そんなもの、比べることはできません。愛も信仰もどちらも大切です」

「僕は愛が大切だと思います。愛こそすべて!」

 くらげくんは恋愛脳の持ち主だった。

「拙僧にはそんなふうに割り切ることはできません。私は禁欲昇天教の寺の息子なのです」

「愛は地球より重い! 愛を捨てないでください! もしあなたが愛に生きるのなら、指輪を半額でお売りします!」

「は、半額で……?」

「はい、半額です!」

「これが半額で……」

 僧侶はまた指輪を見つめた。

「綺麗だ。これを愛しの絵里に贈りたい……」

「あなたの想い人は絵里さんというのですか?」

「そうです。私の幼馴染の女の子です。彼女は恋愛至上教の信者なのに、誰とも付き合おうとしないのですよ」

 くらげくんにはその理由がわかるような気がした。きっと絵里さんはこの若い僧侶が好きなのだ。彼を一途に想っているにちがいない。

「9割引にします! 絵里さんに贈るか贈らないかは後で考えるとして、この指輪が気に入ったのなら、お買い上げいただけませんか?」

「9割引? いまの手持ちの金額で買える……!」

 僧侶は魅入られたように指輪に惹きつけられていた。くらげの涙がひと際美しく輝いた。

「か、買います」

 僧侶が財布からお金を出した。

「お買い上げどうもありがとうございます」

 くらげくんは指輪を小さな黒い箱に入れて、僧侶に渡した。

 禁欲昇天教の若い僧侶はいくぶん頬を赤くして、くらげ商店から出て行った。

 彼が絵里さんに指輪を贈れるといいな、とくらげくんは心の底から思った。

 ザザーン……。

 波の音を聴きながら、くらげくんは次のお客さんを待ちつづけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る