第128話 人命弾

 敵宇宙軍艦にダメージを与えられるのは人命弾だけ……。

 人間を砲弾に変えるのは、地球人類種の保存のためにはやむを得ない選択なのだ。

 敵ケイ素人類と戦う唯一にして無二の手段。

 そう心に言い聞かせて、モモ・ヤマグチは人命弾工場で働いている。

 だが、恋人トモ・ミウラのもとに召集令状が届いて、ついにモモは泣いた。

 トモを自分の目の前で人命弾に変えなくてはならないなんて、そんなのあんまりだ……。


 モモは人命弾工場のブラックボックス室で勤務している。

 人間を砲弾に変える最終工程がそこで行われる。


 トモがドアを開け、ブラックボックス室に入ってきた。

「きみに看取ってもらえるとは、僕は本当にしあわせだ。地球人類のために、喜んで砲弾になるよ」

「トモ、死なないで。逃げて……!」

「それは敵前逃亡同然の行為だ。そんな卑怯な真似はできないよ。僕を卑怯者にしないでくれ、モモ」

「うう……トモ……」

 モモは泣き崩れた。

 トモは澄み切った瞳をブラックボックスに向けていた。ブラックボックスには口と尻がついている。

「大地球帝国のために、僕は命を捧げる」


 モモは覚悟を決め、仕事をした。

「あなたの尊い命は、皇帝のため、そして、敵ケイ素人類から地球人類を守るために使われます。あなたの魂に幸あらんことを。天国で会いましょう。さあ、ブラックボックスの中へお入りください」

「先に行っているよ、モモ」

「うわーん、いやだああ、トモぉ!」

 モモは号泣した。

 トモはブラックボックスの口からその中へ入った。


 バキッ、ボキッ、ゴキゴキ、ガゴン、バキュモニュ。

「ぎゃああああ、痛い痛い痛い。やっぱりだめだ、こんな痛みには耐えられない。助けてくれーっ、モモ!」

 モモにトモの悲鳴が聞こえる。

 だが、いったんブラックボックスに入った人間を救う手段は存在しない。

 モモにできることは泣くことと祈ることだけだった。


 ゴボッ、ドギュゴキュ、ギリギリギリ、グチャッ。

「ひいいいいっ、いつまでつづくんだ、この痛みと苦しみは! 早く僕を殺してくれえ! ぐええ、潰される、変えられる、人間のまま死にたいーっ。あああああ、ああ、あああーっ」


 ブラックボックスの尻から、赤い砲弾が転がり出た。

 変わり果てたトモ・ミウラの姿。

 人命弾を抱き締め、モモは涙が涸れるまで泣きつづけた。 


「こんな非人道的な砲弾を使わなければ戦えないなんて。戦争になんか負ければいいんだ。地球人類なんて滅びてしまえばいいんだ……」

 モモ・ヤマグチはブラックボックスの中に身を投げた。

 赤い砲弾がもうひとつ生み出された。


 ケイ素人類軍との決戦に勝利するため、大地球帝国連合宇宙艦隊が駐屯しているガニメデ基地に人命弾1億発を届けなければならない。

 護衛艦隊司令官タモ・ヤマグチは使命を達成するため、地球から木星の衛星ガニメデに向かっていた。

 彼が乗艦しているのは宇宙空母ヒリュウ。艦隊は人命弾を積んだ宇宙輸送艦1000隻を護衛している。

 ヒリュウとともに輸送艦隊を守っているのは、宇宙空母ソウリュウ、アカギ、カガ、ショウカク、ズイカク。合計6艦の空母だ。


「ひどい戦争だ……。人間1億人を1億発の砲弾に変えた。こんなことをしなければ戦えないとは……」

 タモは心の中でつぶやき、ため息をついた。

 彼はひとり娘モモとその恋人が人命弾になったことを知っている。その赤い砲弾を心底から憎んでいた。

「だが、なんとしてでも人命弾をガニメデに届けなければならん。これが宇宙の藻屑と消えるようなことがあったら、それこそ1億犬死にになってしまう……」


 艦隊が小惑星帯を越えたころ、ヒリュウの艦橋に警報が鳴り響いた。

「なにごとだ」とタモは叫んだ。

「敵宇宙戦艦アリゾナ、カリフォルニア、オクラホマ、メリーランド、テネシーを確認。接近してきます」とヒリュウ艦長トメ・カクが答えた。

「ただちに全空母からすべての零戦を発艦させよ。敵艦に特攻し、輸送艦を守り抜け!」

 おれも愚かな命令を出さなければならない、とタモは心中で嘆いた。やりたくない。だが、やるしかないのだ。


 人命弾を搭載した宇宙戦闘機隊が敵宇宙戦艦5隻に向かって飛んでいく。

 自爆攻撃によって、敵宇宙戦艦はすべて爆散した。

 輸送艦隊は守られた。

 しかし、人命弾だけでなく、貴重な零戦パイロット数百名の命も宇宙の塵となった。


 タモ・ヤマグチは人命弾1億発を大地球帝国連合宇宙艦隊に届けることができた。

 ガニメデ輸送作戦は成功理に終わったのだ。


「ありがとう、ヤマグチくん。あとは我々に任せてくれ」とイソ・ヤマモト連合宇宙艦隊司令長官が言った。

「私も決戦に参加させてください」とタモは言った。

「その気持ちはありがたい。だが、きみの艦隊は零戦をすべて喪失し、戦力なしになっているではないか。補給をせねばならんが、敵の本隊はもうオールトの雲を越えているのだ。きみらが冥王星決戦に参加することはできん」


 連合宇宙艦隊が冥王星軌道に向かって飛んでいくのを、タモはガニメデ基地から見送った。

 大地球帝国参謀本部はそこを絶対防衛圏とさだめている。ケイ素人類連合宇宙艦隊を迎撃する冥王星決戦を指揮するのは、イソ・ヤマモトの仕事だ。


 ヒリュウ、ソウリュウ、アカギ、カガ、ショウカク、ズイカクは地球への帰還の途についた。

「地球で零戦隊を乗せ、すぐに冥王星へ向かいたい。だが、決戦には間に合わないだろうな……」

 タモはヤマモト司令長官の武運を祈った。

 しかし、敵宇宙艦隊が銀河一強大であることを、タモは知っていた。


 宇宙空母エンタープライズを旗艦とするケイ素人類連合宇宙艦隊100万艦が絶対防衛圏に近づいていた。

 大地球帝国連合宇宙艦隊司令長官イソ・ヤマモトは絶望的な戦いを強いられようとしている。

 彼の指揮下には次のような宇宙軍艦があった。


 宇宙戦艦ナガト、ムツ、イセ、ヒュウガ、コンゴウ、ヒエイ、ハルナ、キリシマ、フソウ、ヤマシロ。

 宇宙重巡洋艦モガミ、ミクマ、スズヤ、クマノ、フルタカ、カコ、アオバ、キヌガサ、ミョウコウ、ナチ。

 宇宙軽巡洋艦キタカミ、オオイ、クマ、タマ、キソ、テンリュウ、タツタ、センダイ、ジンツウ、ナカ、ヤハギ。

 宇宙駆逐艦シマカゼ、フブキ、シラユキ、ハツユキ、ムラクモ、アヤナミ、シキナミ、オボロ、アケボノ、ムツキ、ヤヨイ。


 堂々たる大艦隊だ。

 だが、敵艦隊に比べると、見間違えようのないほど非力であった。


 冥王星決戦で地球人類軍は赤い砲弾1億発を撃ち尽くした。その中にはトモ・ミウラ弾やモモ・ヤマグチ弾も含まれていた。

 ケイ素人類軍にいくらかの損傷を負わせることはできた。

 しかし、ケイ素人類連合宇宙艦隊100万艦が99万艦になっただけだった。


「負けたか……。皇帝陛下万歳!」

 イソ・ヤマモトはそう叫んで自決した。

 大地球帝国連合宇宙艦隊は全滅した。


 タモ・ヤマグチは大地球帝国首都トキオで悲報を聞いた。

 もう地球人類を守るすべは残されていない。


 開戦の原因は、大地球帝国がケイ素人類領クリミア星を侵略したことだった。

 クリミア星攻撃を命じたのが皇帝陛下自身であることは、厳重に秘されている。

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