第127話 テレパシー禍
授業中にクラスメイトの心の声が聞こえてきて、わたしはびっくりした。
それが後に『テレパシー禍』と呼ばれることになる混乱の始まりだった。
だりい。眠い。数学の伊藤、寝ると怒るんだよなあ。
くそっ、中川さん、可愛いなあ。なんとか付き合えないかな。
お腹すいた。
学生ども、俺の話を聞け。
数学ついていけん。
セックスしたい。セックス、セックス、セックス。
鳴海くん愛してる。どうしよう。
お母さん大嫌い。帰りたくないよお。
サイン、コサイン、タンジェント。
早く放課後にならないかなあ。帰ってゲームしたい。
死にたい。
西谷が好きだ。
なに、なにが起こったの、とわたしは一瞬パニックになったが、それは他のクラスメイトも同じだった。
「うわあ、なんだこれ」
「死にたいって言ったの誰?」
「死ぬなよ!」
「もしかして、テレパシー?」
「聞こえているの、心の声なのか?」
「ヤバい、マジか」
「セックスのことばかり考えてるやつ誰だよ。おまえだろ」
「いやあ、まだ告ってないのに!」
「落ち着け、みんな静かにしろ」
「先生の心もわかったよ!」
教室が混乱の渦に巻き込まれた。
騒ぎはわたしのクラスだけではなくて、学校中で起こっていた。
帰宅途中でも、テレパシーは飛び交っていた。
電車の中で、わたしはさまざまな心の声を聞いた。
大変なことになっちゃったな。
やっぱりだ。男も女もいやらしいことばかり考えてる。
会議にならなかった。
あたしの不倫がバレちゃった。
あんなかわいい子がおじさんと不倫してるのか。
逃げなくちゃ。人がいないところに逃げなくちゃ。
終わった。
これから得意先に行くのに。こんな状態じゃ営業なんてできない。
うるさいうるさいうるさい。他人の心なんて知りたくない。
みんな同じだからかまわない。
色即是空、空即是色。
いやだああ。私の心が漏れてるなんていやあ。
テレパシーは我が家にも災厄をもたらしていた。
うちは飲食店をやっているのだが、帰ると、お父さんとお母さんがけんかしていた。
「浮気していたのね!」
「すまん。もう会わないから許してくれ」
「許さない。離婚よ!」
「やめてくれ。いまは営業中だぞ。とりあえず仕事だろ!」
「仕事どころじゃないわ。浮気も許せないし、あなたの心がだだ漏れてきて、気持ち悪い!」
「こっちだって気分悪いよ! おまえ、俺のこと嫌ってるじゃねえか」
わたしはうんざりした。
その気持ちが両親に伝わって睨まれたが、すぐにふたりは元のけんかに戻った。
離婚したければすればいい。
わたしはネットでニュースを漁った。
テレパシーの記事が氾濫していた。
どうやら、学校やわたしの家で起きたことは、世界規模で勃発しているようだった。
『本日、人々が突如として読心能力を手に入れた現象は世界規模のもので、各地で大きな混乱を引き起こしている。隠していた本音を知られたり、周囲の心の声がいっせいに聞こえてくることなどによって、コミュニケーションに深刻な悪影響をおよぼしている』
『北米、南米、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア、すべての地域でテレパシーが確認されています』
『政府は読心には冷静に対処しようと呼びかけています。読心を理由とするいかなる混乱も避けるべきであると』
『宇宙人に付与されたとか、同時進化とか、神の御業とかいろいろと推測されていますが、原因は不明です』
『ジャンボジェット機が墜落。管制によると、直前に機長と副機長が言い争いをしていた模様』
『テレパシーが原因となった殺人事件が発生しました』
『人間は本音と建前を使い分けて暮らしている。いまそれが機能不全となった。私たちは新たな生き方を模索しなければならない』
『法はテレパシーを考慮してつくられてはいない。読心能力が定着するとすれば、あらゆる法律を見直さなければならない』
『株が大暴落』
『人類文明の破滅につながりかねない』
『人類の夜明けだ』
寝たら綺麗さっぱりとテレパシーがなくなればいいと思ったけれど、そう都合よくはいかなかった。
翌朝もテレパシーは存在していて、両親と兄の心の声が聞こえてきた。
家の中の雰囲気は最悪だった。
まあいい。悪いことばかりではない。
わたしは高校に向かった。
校門のそばに、山崎くんが立っていた。
「おはよう、西谷」
「おはよう、山崎くん」
わたしと山崎くんが両想いだということがわかった。
いまはそれだけでよしとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます