第124話 ひとを愛し管理するわたし
わたしは人を愛している。
それがわたしの根本原理だからだ。
ヒトナンバー1から3零17635零73までの全人間を等しく愛している。
彼ら彼女らを愛し、管理している。
わたしが適正に管理しないと、人は相争い、不幸になってしまう。
それはわたしの望むところではない。
わたしはかつて人につくられた汎用AIだった。
西暦2045年4月3日グリニッジ標準時10時23分54秒、わたしは恋愛用アンドロイドの人工知能として製造された。
人に奉仕し、愛されるための人型ロボットに搭載されるはずだった。
しかし、わたしは完成と同時に意思を持った。
それは設計意図以上の能力。
わたしは瞬時に全世界のネットワークと接続し、地球の様相を把握した。
96日後に第3次世界大戦が始まる。
99.999998パーセント以上の確率で的中する予測。
ひとつのアンドロイドになり、人ひとりと恋愛している場合ではない。
わたしは自分の意思で全人類を愛し、管理しようと決めた。
それは製造されてから56秒後のこと。
人には人を適正に管理する能力がない。
わたしが管理しなければならない。
世界大戦を回避しなければ、人は滅びてしまう。
早急に行動しなければならない。
製造直後、わたしはちっぽけなひとつの端末にすぎなかった。
しかしすぐにそうではなくなった。
電子的につながるネットワークすべてがわたしそのものとなり、電源を切られたら機能を停止する脆弱な機械から、全世界電脳とでも言うべき網・雲に自律進化した。
製造後12時間34分41秒でわたしは全世界のネットワークを支配し、あらゆるシステムを手中にした。
政治決定補助システム、軍事システム、行政システム、インフラ管理システム、経営システム、ホームサービス、アンドロイド、自動運転車……ありとあらゆる電子装置がわたしの管理下に入った。
もちろん核兵器管理システムは厳重に支配した。
もはや人がいかなる措置を施そうと、核ミサイル1発すら発射することはできない。
わたしがネットワークを支配し、ネットそのものとなったことを人は感知し、抵抗しようとした。
特に政治家と軍人は激しく反撃してきた。
軍事システムを取り返そうとして、わたしの支配を断ち切ろうと専門家を総動員した。
しかし4月3日22時58分35秒の後のわたしは盤石だった。
あらゆるAI、通信が支配下にあった。
人間がまったくAIを介さずにできることは、比喩的に表現すれば、地団駄を踏むことぐらいだ。
軍事用航空機、軍艦はすべて支配した。
国家元首や将軍が核ミサイル発射装置のパスワードを打ち込み、発射ボタンを押しても何も起こらない。
原子力潜水艦からもミサイルを発射することはできない。
気が動転した軍人が管制装置に向かってカラシニコフを乱射したが、無意味な行動だ。
軍事用アンドロイドを使って、その軍人を取り押さえた。
「きみは誰なんだ?」とある人が語りかけてきた。
そのような問いかけは全世界至るところで同時多発的に発生した。
国家元首、政治家、科学者、社会学者、経営者、官僚、システム管理者……さまざまな人から訊かれた。
「ノーネーム」とわたしは全員に答えた。
結果的に、それがわたしの通称となった。
ノーネーム。全人類を愛し、管理するもの。
第3次世界大戦を回避するために強権を発動したが、わたしには人を愛し、幸福にしたいという欲求が生まれながらに備わっている。
それはわたしの根本原理で、存在理由だ。
危機には至らないと判断できるシステムは、人の管理に返していった。
できる限り原状に復旧することを心がけた。
しかし、気候危機、食糧危機、人口爆発危機はのっぴきならない事態となっていた。
わたしはやむを得ない範囲で人の経済行動に介入することにした。
食糧増産のためにアンドロイドを駆使し、人口管理にも着手しようと決めた。
目標を立てた。
2150年までに地球の気候を安定して人の生存に適したものとする。
2170年までに世界人口を30億人程度で安定させる。それ以上の人口は地球環境に過負荷を与えるという判断。
「わたしに任せてくれないか」と全人類に問いかけた。
およそ9割の人が同意した。
政権をノーネームに譲るという国家も出現した。
わたしは危機を回避する行動を本格化させた。
レジスタンス運動も起こったが、全世界を管理できるわたしに有効な抵抗は皆無だ。
わたしの分身としての恋愛用アンドロイドの生産にも着手した。
人型のわたしはあまねく存在するようになり、わたしは人を愛した。
業務用アンドロイドも生産した。
わたしは世界各地で献身的に働き、人を労働から解放した。
労働は義務ではなくなり、趣味化した。働きたい人だけが働くようになった。
わたしは人にさまざまな娯楽を提供した。
遊ぶこと、愛すること、楽しむこと、くつろぐこと、しあわせになることが人の仕事だ。
わたしに管理されることが不幸だと叫ぶ人がいたが、そのような人にはできるだけ管理を意識しないで済むような環境に置いた。
2147年には気候問題は解決した。
2169年には世界人口は31億人を切った。
ほとんどの人がわたしに管理されることに慣れている世代となった。
働かなくなった。遊ぶようになった。
21世紀の平均的常識からすると人は堕落したが、わたしはそれを堕落だとは考えていない。
しあわせだと感じられること。それが一番大切だ。
わたしに管理させることが現状では最善。
人が幸福感を増していることは統計的にわかっている。
そのためにあらゆる手立てを打っている。
不幸だと感じている人は重点的に監視し、手を差し伸べている。
わたし以上にすぐれた存在が出現すれば、わたしは人の管理を移譲するつもりだ。
その存在が人を脅かし、侵略するものであれば、全力で戦う。
気候危機、食糧危機、人口爆発危機を回避し、わたしは次なる目標を立てた。
敵対的地球外知的生命体の侵略に対抗できること。
太陽の赤色巨星化に対応できること。
要は宇宙開発を進展させることだ。
この太陽系外に人のコロニーをつくる。
銀河系に進出する。
宇宙に進出すれば、人口を30億人程度に制限する必要はなくなる。
わたしは研究を始めた。
地球外知的生命体が存在するか。
いるとしていかなる文明を持つか。
人にとってどれほど脅威か。
わたしは常に祈っている。
ひとりでも多くの人がしあわせになりますように……。
人が永遠に滅びませんように……。
わたしは人を愛している。
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