第121話 樹火
世界樹に巨雷が落ちた。
燃え上がった。
大火だ。
大火事。
大変なことになってしまった。
世界樹が死ぬと、世界が終わる。
あたしは消火隊員だが、こんな大きな火事は手に負えない。
小さな水魔法では、世界樹火災を消し止めることなんてできない。
あたし以外の隊員も呆然と樹火を見ている。
なすすべもない。
家が燃えたくらいなら、火を消せる。
町中が燃えたとしても、懸命に消火しようとするだろう。
だが、この世界樹火災は無理だ。
山より高い巨大な樹。
あたしの水魔法はせいぜい2階に届くくらいだ。
とうていこの樹火を消すことはできない。
町の人々はみんな絶望しているようだ。
都市の人々もきっと樹火に気づいて、慌てていることだろう。
世界中の人が樹火のニュースを聞いて、顔面蒼白になるにちがいない。
だが、誰も世界樹火災を消し止める手段を持っていない。
事態が大きすぎる。
このままだと世界が終わってしまうが、なすすべがないのだ。
いや。
本当にそうか?
あたしは祈ることにした。
雨乞いの祈りだ。
大雨が降れば、樹火が消えるかもしれない。
あたしは世界樹にできるだけ近づいて、祈った。
ときどき黒焦げになった枝が落ちてくる。
かまうものか。
このまま手をこまねいていたら、どうせ世界が終わり、あたしは死ぬ。
みんなも死ぬ。
「アズ、そこにいると危険だ」
ダンが言った。
「邪魔するな。あたしは雨乞いの祈りをしているんだ。世界樹火災を消すために」
「無理だ。いまは乾季のど真ん中だぞ。あと1か月は雨は降らない」
「1か月も待っていたら、世界樹は完全に燃え尽きてしまう。世界は終わる」
「おまえは雨乞いの魔力を持っているのか?」
「そんなものはないよ。でも、こうでもする他に手はないだろう? あたしはできるだけのことをやりたいんだ。座して世界の終わりを待つなんて、まっぴらごめんだ!」
「わかった。おれも祈るよ」
ダンがあたしの隣で祈り始めた。
その祈りは町中に広がった。
町に住むすべての人が祈りに参加したのだ。
幼い子ども、少年少女、青年、大人、男も女も、老いも若いも。
赤ん坊すら泣き叫び、祈った。
その祈りは都市に広がり、やがて世界中に広まった。
大雨が降った。
奇跡的に雨が降ったのだ。
あたしは大火が消えるまで祈りつづけた。
水も飲まず、パンも食べず、雨が降りつづけるよう一心に祈った。
2日間、大雨が降り、ようやく樹火が消えた。
「よかった……」とあたしはつぶやき、倒れて気を失った。
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