第120話 長い冬 静かなる雪

 雪がしんしんと降って、地上を白一色に染めている。

 もう4年間もその風景は変わらない。

 長い冬がつづいている。

 カレンダー上で8月になっても、雪解けは来ない。

 核の冬が来て、夏は消えてしまった。


 人類は滅びた。

 生き残っているのは、核戦争回避プロジェクトによって生み出された不老不死の人造人間だけだ。

 そのプロジェクトも虚しく失敗した。

 歴史上の偉人たちの叡智をもってしても、戦争は避けられなかった。

 

 どうしてわたしはプロジェクトメンバーに選ばれたのだろう、と清少納言は思っていた。

 わたしの文筆の才など、なんの役にも立たなかった。

 冬は嫌いだ。

 冬はつとめて、なんていまはまったく思わない。雪はなお。

 お腹がとてつもなく空いている。でもわたしは死ぬことができない。

 天も地も白ばかりなり。


「あと7年待てば、春が来るよ」とアルキメデスが言った。

「あなたの計算?」

「先日、ダ・ヴィンチ、ニュートン、アインシュタインとも意見が一致した。数年の誤差はあるが、近いうちに必ず春が来る」


「もし暖かな陽射しが戻るのだとしても、人類が滅亡しているのであれば、なんの意味があろうか」

 卑弥呼はふてくされていた。

「民なくして、わらわたちだけ生き残った。すべては手遅れじゃ」


「そうでもないさ……」とダーウィンがつぶやいた。

「土の中には種子が生き残っている。冬眠できる動物も滅びてはいないだろう。人類は滅びたが、地球の生命史はまだつづく。いくたび大量絶滅が起こっても、地球生命は存続した。ホモ・サピエンスの絶滅など些細な現象にすぎない」


「それでも、戦争を止めたかったです、私は」

 大村益次郎は厚く凍った海を見つめていた。

「合理的思考をすれば、核戦争が無意味なことはわかりきっていた。その帰結は明らかだった。それでも人間たちは戦ってしまった。人類は徹頭徹尾、愚かで不合理な存在だ。それを思い知りました。しかし、私も元は人間だ。こんな奇妙で死ねない人造人間ではなく、死すべきさだめの人間に生き残ってほしかった。私の力不足が悔やまれます」


「おまえはやれるだけのことはやった。悔いることなどない」と曹操孟徳が言った。

「ダーウィン、生命が残っておるとは、真であろうな」

「まちがいないよ、孟徳」

「アルキメデスよ、あと7年待てばよいのだな。春は来る、信じてよいか」

「たぶんね。誤差1、2年だよ」


 春は来るのか、と清少納言は少しだけうれしく思った。

 いつか春が訪れるなら、この空腹も耐えられよう。

 もしかしたら、世界のどこかのシェルターで、人がしぶとく生存しているかもしれない。

 希望がなければ、生はつまらなすぎる。

 わたしは望みを捨てない。

 春を、人の復活を、緑豊かな地上の再現を、わたしは待つ。


 春はあけぼの。  

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