第116話 たいへんおいしくりーむ

「たいへんおいしくりーむ」と彼女が言ったので、僕はびっくりした。

 はじめてのデートで、映画を見終わり、喫茶店で彼女がチョコレートパフェを食べているときのことだった。

「たいへんおいしくりーむ?」

「ちょこっとちょこれーと」

「えっ? ちょこっとちょこれーと?」

 僕は困惑した。高校ではこんなキャラの子ではなかった。真面目な委員長タイプだと思っていたのに。

 彼女はにやりと笑って僕を見つめていた。今日だけツインテールの髪型にしたあざといほど可愛い女の子が、僕の反応を楽しんでいる。

「えいがのえいが」

「えいがのえいが? 映画の栄華?」

 学校では黒髪ロングの美才女だった。いまは小悪魔に見える。艶やかに化粧をして、黒いゴシックロリータの衣装を身につけている。その上言葉攻めで僕を悩乱しようというのか。

 ……ただの変な女の子にも見えてきた。

「どうしちゃったの、花野花子さん」

「その名で呼ぶなーっ!」

 彼女は突然激昂した。

「フラワーノ・フラワーヌ」

「フラワーノ・フラワーヌ? それ、もっと恥ずかしくないかい?」

 あざとい美少女が首を振る。

「フラワーノ・フラワーヌさん」僕は言っていて、恥ずかしかった。「映画は面白かった?」

「おもしろかったとも、おもしろくなかったともいえる。一番おもしろかったのは、きみの泣き顔だった」

 見ていたのかーっ! バレないように泣いていたつもりだったのに。

「ねえ、なんで今日はそんな格好なの? いつもと雰囲気がちがいすぎるんだけど」

「きみには本当の姿を見せたかった」

 にやり、と彼女は笑った。思わせぶりな台詞を言うなーっ!

 フラワーヌは足を組んだ。フリルたっぷりのミニスカートと黒いニーソックスの間の透けるような美しい肌の絶対領域が見えて、僕はますます悩乱した。あざとすぎるっつーの!

「たいへんたのしくりーむ」

「もはやなんのしゃれにもなってないよ」

「つきあう?」

「えっ?」

「つきあわーぬ?」

 彼女は小首を傾げ、僕の瞳を蠱惑的に見つめた。絶対領域はまだ輝いていた。

「つきあう……って、いいの?」

 彼女はコクンとうなずいた。僕は「あなたが好きです。フラれてもいいから1回デートしてください!」と告白していたのだ。かなりの勇気を振り絞って言った。

 そのときはこんな女の子だとは知らなかったけれど。

 でも本当の姿を見たいまになっても、好意は少しも減っていなかった。むしろたいへん惹かれてーる感じだ。この子がいい!

「好きです。つきあってください!」

「たいへんうれしくりーむ」

 彼女の頬は紅潮していた。目は潤んでいた。ピンクの唇が弧を描き、白い歯を少しだけのぞかせていた。

 僕は心悶えて抱きしめそうになったが、ここは喫茶店の中だ。かろうじて思いとどまった。

「僕はふつうに話していいよね」

「だめーぬ。きみにもキャラ変を要求するーむ」

「フラワーヌちゃん、本当の姿って言ったよね。キャラ変だったの?」

「キャラ変であり、そうでないともいえる」

「わけわからーらん」

「いまいち」

「僕にはキャラ変は無理」

 涙目になった僕を、彼女はことさら愛おしそうに見つめていた。

 たいへんな彼女ができてしまった。

 僕は溶けかかったバナナパフェを食べた。

 たいへんおいしくりーむ。

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