第117話 世界平和の作り方
「世界平和の作り方を教えてあげる」と忍者の女の子が、独裁者の執務室に忍び込んで言いました。
独裁者は世界征服を目論み、世界に向かって猛烈な戦争を仕掛けている最中でした。独裁者の国の軍隊と連合国の軍隊は殺し合い、国土を焼き合い、民衆は逃げ惑っていました。
戦争は泥沼化。独裁者は世界征服への妄執とそれがうまくいかない懊悩とで夜も眠れず、目は血走っていました。
「世界平和だと? 我が国が世界を征服した暁にそれは訪れる」
「連合国は手強いよ。共倒れになっちゃうと思うけど」
忍者の女の子はふふふ、と笑いました。
「この女を殺せ」と独裁者が護衛の者に命令しました。
「待ってよ。世界平和の作り方がここに書いてあるんだから」
女の子は独裁者に巻物を放り投げました。
巻物を開くと、そこにはなにやら機械の設計図のようなものが書かれていました。
「なんだこれは?」
「タイムマシンの設計図よ。同時代の技術を持った同程度の国力の軍隊が戦えば、どちらも傷つくだけ。圧倒的な技術力を未来から持ってくれば、戦争はあっという間にけりがつくわ。これが世界平和の作り方」
「こんなものが信じられるか」
「信じるか信じないかはあなたの自由」
「殺せ!」
「嫌よ」
忍者の女の子はドロンと消え、連合国へ帰りました。
独裁者は血走った目で巻物を見つめつづけていました。
忍者の女の子は故郷でマッドサイエンティストと落ち合いました。
「渡したか?」
「渡したわ」
「タイムマシンの設計図。あれで戸惑ってくれれば面白いんだが」
「ちゃちなイタズラね。あの巻物はすぐにゴミ箱行きだと思うわよ」
「わたしのタイムマシン研究の真髄を込めた図面だぞ。連合国の科学者たちには鼻で笑われたし、わたしも本当に時間旅行ができるとは思えんがね」
「しかもバカでかいしね。あんなもの、現実には作れっこないわよ。予算がいくらあっても足りないわ」
「そうだな。ワハハハハ」
そのころ、独裁者はタイムマシンの製造を科学省に命じていました。
「こんな超巨大な量子加速器は作れっこありません。付属の機械も途方もなく予算を食うでしょう」
「つべこべ言わずに作るのだ!」
独裁国は軍事費を半分にして、タイムマシンの製造に着手しました。当然、軍事力は低下して、連合国軍は国境を破って進撃してきました。独裁国軍は守戦一辺倒に……。
「ワハハハハ。独裁者め、タイムマシンを作っているぞ」
「戦線も財政も破綻しているわ。もうすぐ連合国の勝利で世界平和が取り戻せるわね」
忍者の女の子はジュースを飲み、マッドサイエンティストはワインを飲んで祝いました。ちゃちなイタズラが意外にも大成功したのです。痛快でした。
しかし、独裁国は敗戦寸前のところで、タイムマシンを完成させたのです。それは、マッドサイエンティストも予想しなかったほどの力を発揮し、本当に時間旅行を可能にしました。
最初に、未来兵器を使用した独裁国軍が世界を征服し、結果的に世界平和を実現した世界線が出現しました。
そして、それとは異なる無数の世界線が生まれました。
連合国軍が逆転勝利した世界線。
独裁国軍がふたつに分かれて戦い始める世界線。
連合国軍と独裁国軍が拮抗しつづける世界線。
人類が滅亡して地球が昆虫王国となる世界線。
人類が滅亡して地球の生命が途絶える世界線。
過去が改ざんされて独裁者の母親が若くして死に、独裁者が生まれない世界線。
過去が改ざんされてマッドサイエンティストがタイムマシンを設計しない世界線。
恐竜が滅びないで進化しつづける世界線。
ネアンデルタール人がネクタイを締めて会社に出勤する世界線。
未来人が過去を蹂躙しまくる世界線。
過去を蹂躙しまくる未来人をさらに未来の未来人が蹂躙する世界線。
タイムマシンが発明された瞬間にありとあらゆる世界線が生み出されました。その世界線分岐は宇宙全体にも広がって行きました。
人類が銀河系に進出した世界線。
人類が宇宙の果てに到達した世界線。
人類と宇宙人が血みどろの宇宙戦争を繰り広げる世界線。
人類と宇宙人が手を取り合い、繁栄する宇宙線。
さまざまな宇宙人が混血しまくる世界線。
人類が猿の惑星に到達する世界線。
タコ型火星人が地球を侵略する世界線。
それらの世界線の微妙に異なるバリエーションの数々。
無数の世界線が並行して存在し、無限に変転し、時間という概念が無意味化しました。
「世界平和の作り方を教えてあげる」と忍者の女の子が言いました。
「おまえがそんなことを言わなければよかったのだ」すべてを知っている世界線の独裁者が答えました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます