第102話 老朽宇宙船
私は宇宙船希望号の外に出て、どこかにあるはずの極小の空気漏れ箇所を探した。宇宙空間の中で命綱をつけ、相棒の球形ロボットとともに作業にあたり、50分かけて発見し、修理した。
また貴重な空気が失われた。修理用金属片も泣く泣く使用した。在庫は減るばかりで、補給はない。
希望号は破滅した地球から生存可能な他の惑星への移民船だ。第1候補だった惑星は未知の生命体同士の戦場となっていて、着陸することはできなかった。いまは第2候補の惑星へ向かっている。
地球を出発したとき、希望号は第3候補の惑星まで到達できると考えられていた。だがその設計は甘く、いまとなっては第2候補の星へ到達できるかどうかもあやしい。理由はいろいろあるが、宇宙船整備士の私の観点から言うと、船の老朽化が想定より早く、故障が予想より多いことだ。
そう遠くない将来、この船は維持管理できなくなる。空気を失って全員死亡するか、燃料がなくなって進路を変えられなくなるか、修理資材不足でコントロール不能になるか。私には悲観的な未来しか思い浮かばない。
でも整備士が暗い顔をしていると、みんなが憂鬱になってしまう。私は人前ではいつも微笑むよう努力している。
船長だけは別だ。
「船長、修理用資材の在庫が地球出発時の1割を切りました」
船長室でふたりきりのときだけ、私は弱音を吐く。
「そうか。きみには苦労をかけるな……。誰にも言わないでくれ」
船長も私もどうやら船に未来はないらしいとわかっている。しかし希望がなければ、船員たちは生きられない。
希望号が地球をたってから240年。地球を知っている乗組員はもはや船長だけだ。冷凍睡眠を繰り返して、船長は生きてきた。他の船員はみんな2世か3世だ。この宇宙船だけが知っている全世界。惑星の大地に憧れて、そこに立つことを夢見ている。
船長も老いた。末期癌にかかっていて、もう長くはない。癌は治療可能な病気だが、医療用資源が枯渇し、船長は治療を拒否している。
「私が死んだら、きみが船長になってくれ」
「無理です。私にはそんな責任は負えません」
「誰にも負えない責任だ。この船の最後を見届けることになるかもしれない……。だが、誰かがやらなければならない」
「私はこの船の修理をしつづけたいのです。資材がなくなるそのときまで」
船長は窓から星の海を見ていた。
「知っているぞ。きみは弟子を育てているだろう。整備士は彼女に引き継いでくれ」
「あの子にはまだ無理です」
「彼女の笑顔はいい。きみの後任にふさわしい」
私も星の海を眺めた。
なんとかして第2候補の星にたどりつかなければならない。そのためにやれることはなんでもやると決意した。船長になる必要があるのなら、なる。
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